Teddy Weatherford and Buck Clayton(3)

January 22.2018

Photo above of SS President Hoover at Manila by courtesy of Takao Club

Buck Clayton and his wife packed their bags and caught the “”President Hoover” of the Dollar Line ships for Shanghai,China.

Buck Clayton and His Harlem Gentlemen soon became very popular among the audience in Canidorm´s huge dance hall.

They had been two -year stay in Shanghai and Buck Clayton was active in Shanghai music industry.

Photo above of Canidorm by Wikipedia

From 1934 or 1935, he was a leader of the ‘Harlem Gentlemen’ in Shanghai.

I will quote his saying from “Buck Clayton’s Jazz World”.

“I still loved the city but I didn’t want to get caught in a Japanese – Chinese war. “

by Wikipedia

Buck Claytonが上海行きを決断した理由が自伝に詳細に書かれています。

1934年時点でも「大恐慌」の影響を肌身に感じていたようで、Teddy Weatherfordから提示されたギャラに心を動かされたと考えるのが妥当だと思います。

具体的には、バンドのメンバーには「週給50ドル→週給100ドル」と提示されました。

Buck Clayton は提示された金額を記載していません。

しかし、自らは当時「週給100ドル」受け取っていたと記載していますので、おそらく2倍以上の金額を提示されたと推測されます。

Photo above of Buck Clayton by courtesy of Wikipedia

Buck Claytonと彼のメンバー達は、ハワイから日本(横浜・神戸・長崎)経由の航海を経て上海に到着しました。

上海では「Canidorm」と呼ばれた巨大なダンスホールで演奏し、そこで踊っていた多くの観客から絶大な人気を博したようです。

Buck Claytonは上海に2年間滞在しましたが、日中戦争の影響が日増しに強くなったことから上海を離れ、日本経由で母国に帰国しました。

彼の言葉を引用します。

“I still loved the city but I didn’t want to get caught in a Japanese – Chinese war. ”

「この町が大好きですが、日本と中国が戦争する光景を見たくありません」

Phot by Wikipedia Buck Clayton and his Harlem gentlemen posing in the Canidrome 1930s

Buck Claytonが滞在した時の上海のジャズシーンを描いた文献は少ないです。

この時代の上海を舞台にしたミュージカル等は史実から離れた原作で上映されているようです。

それ故、Buck Claytonの自伝は貴重な証言だと思います。

又、故野口久光氏レコードコレクターズ連載「私とジャズ 第31回戦時中の上海における音楽体験(上)(1986年5月号)」も再読しました。

「こんにち記録に残っているウェザーフォードやクレイトンのほかにも、不況のアメリカから上海に出稼ぎに行ったジャズ・ミュージシャンはかなりいたものと思われるが、残念ながらわかっていない」(故野口久光氏は昭和18年春に渡航されています)

最後に、ネットで発見したフェイク情報をご覧下さい。

(1)1930年代のカウント・ベイシー楽団で絶大な人気を放ったトランペット奏者、バック・クレイトン。独立後は世界を漫遊し、太平洋戦争前の上海にも滞在。
アジアのジャズ・シーンにも大きな影響を与えました。

(2)Buck Claytonは(中略)1932年カリフォルニアに移住、1932年から34年はデューク・エリントン楽団に参加。

Buck Clayton自伝の30ページに次のように記載されています。

”I found a job in a barbershop.”

「移住しても音楽家としての仕事はなく、床屋で仕事を始めた」

 

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