日別アーカイブ: 2018年10月25日

Early Recordings by Red Rodney

October 25,2018

fullsizeoutput_1349

Photo by Wikipedia

13歳からトランペットを演奏していたRed RodneyはJimmy Dorsey楽団(ジミー・ドーシー)やJerry Wald楽団(ジェリー・ウォルド)から楽歴をスタートさせています。

戦時下で多くのジャズミュージシャンが召集された結果、レッド・ロドニーは徴兵年齢に達しない年齢(15歳)であったので仕事に恵まれたと言われています。

Red Rodney(レッド・ロドニー)の名前はディスコグラフィー「Tom Lord Discography」においてJimmy Dorsey楽団(ハリウッドでの録音)のトランペットセクションに最初に登場します。

しかし、1927年にフィラデルフィアで生まれたRed Rodneyがハリウッドで一流バンドに参加しているとは想像しがたいです。ジミードーシー楽団がフィラデルフィア近郊で公演を行った際にトランペット要員として採用されたのではないかと推測します。

それ故初録音は下記Elliott Lawrence(エリオット・ローレンス)楽団での演奏と判断するのが妥当ではないかと推測致します。

大手CBS系列のラジオ局専属楽団のリーダーであったElliott Lawrenceは編曲者としてGerry Mulliganを迎えた同じ頃にRed Rodneyを採用しました。

Red Rodney with Elliott LawrenceAnd His Orchestra
1945年6月21日、セントルイスの”Time Town Ballroom”からの放送録音はレコード発売されていますが(Big Band Archives BBA1219)手元になく聴いておりません。

Photo above of Elliott Lawrence and His Orchestra by Youtube

上記はElliott Lawrence楽団を紹介した写真として有名ですが、右端のトランペット奏者はRed Rodneyと推測します。

JazzWax インタービュー(February 09, 2016)を引用します。(Elliott LawrenceがRed Rodneyの年齢を勘違いしている可能性がありますが、下記発言は信用に値すると思います)

Gerry was on the outs with his family, so he’d come home with me, and my mother would feed him dinner. At other times, we’d hang out together in a little office I had at WCAU. That’s when he started writing for my band and when Red Rodney came along. Red was 15 or 16 when he came on my band in ’45. We played jobs around Philadelphia.

この頃(1945年)、Red RodneyはDizzy Gillespieと知り合いになり、後にパーカーと出会うことになります。

翌年(1946年)、ジーンクルーパ楽団に加入し才能を開花させて行きます。

上記に添付した所有レコード(IAJRC-10)は会員制発売のため音源をご紹介出来ないので、代替として同時期の放送録音をお楽しみ下さい。(冒頭の司会でRed Rodneyの名前が聴き取れます)

Here is Red Rodney with Gene Krupa And His Orchestra play “The Man I Love”.
March 31, 1946 Culver City California

The Man I Love

下記の映像はレッド・ロドニーがジーンクルーパ親分に気に入られたことを明らかにする意味でも貴重だと思います。(前回添付した映像の演奏部分だけを添付しました)

Here is Red Rodney with Gene Krupa And His Orchestra(Follow That Music)

又、同時期にCharlie Ventura(チャーリーヴェンチュラ)をリーダーとしたコンボに参加し貴重な録音(Black and White label)を行っています。

Here is Charlie Ventura Septet play ”’S wonderful”.
Red Rodney (tp) Willie Smith (as) Charlie Ventura (ts) Arnold Ross (p) Barney Kessel (g) Billy Hadnott (b) Nick Fatool (d)
Los Angeles, March, 1946

S’Wonderful

同年、Buddy Richのマーキュリー盤の録音に参加し、翌年秋に自己名義のRed Rodney’s Be Boppersを結成します。

グループとして最初の録音は二人組ボーカルDave Lambert とBuddy Stewartのバックを勤めました。

Here is Dave Lambert and Buddy Stewart with Red Rodney’s Be Boppers play “Gussie G.” .
Dave Lambert, Buddy Stewart (vcl) acc by Red Rodney (tp) Al Haig (p) Curly Russell (b) Stan Levey (d) Neal Hefti (arr) New York, November 23, 1946

Here is Dave Lambert and Buddy Stewart with Red Rodney’s Be Boppers play “Perdido”.
Members of the recording are the same as above.

そして、1947年1月にRed Rodney’s Be-Boppers の名義で録音するに至りました。

Here is Red Rodney’s Be-Boppers play ”Elevation”.
Red Rodney(tp) Allen Eager(ts) Serge Chaloff(bs) Al Haig(p) Chubby Jackson(b) Tiny Kahn(d) Gerry Mulligan(arr) New York, January 29, 1947

上記録音並びに前回ご紹介したFine and Dandyについて大阪ジャズ同好会世話人の寺本氏からコメントを頂いております。

「Red Rodney’s Be-Boppersの演奏はその昔(1978年)日本フォノグラムから発売されたKeynoteレーベルの再発盤の一枚「Young Men with Horns」(BT-5263(M))に収録されていました。」

尚、SP愛好家の瀬谷さんの見解ですが「キーノートは盤質がシェラックなのでサーノイズが多いです。」という事です。

(追記)但し、「キーノート盤でも十分楽しめる音質である」という内容をFBコメントで頂きました。