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大阪ジャズ同好会第39回(2019年10月13日)「日本盤ヴィンテージ・シリーズの魅力」②

October18,2019

特集「日本盤ヴィンテージ・シリーズ」の2回目です。今回も油井正一氏による解説文(一部抜粋)を添付します。(当日補足資料として配付しました)

1.「グランド・テラス・バンド/アール・ハインズ」
Here is Earl Hines And His Orchestra play ”G. T. Stomp”.
Earl Hines And His Orchestra:Walter Fuller (tp,vcl) Milton Fletcher, Ed Sims (tp) George Dixon (tp,as,bar) Ed Burke, John Ewing, Joe McLewis (tb) Omer Simeon (cl,as) Leroy Harris (as) Budd Johnson (as,ts,arr) Robert Crowder (ts) Earl Hines (p) Claude Roberts (g) Quinn Wilson (b,arr) Alvin Burroughs (ds) Horace Henderson, Jimmy Mundy, Skippy Williams (arr) NYC, July 12, 1939

1928年シカゴのクラブ「グランド・テラス」で旗挙げされ、以後19年にわたって彼がひきいていたすばらしいビッグ・バンドの演奏だ。
1928年末―正確にはハインズの誕生日にあたる12月28日 に、シカゴのサウス・サイドに開店した「グランド・テラス」 は中央にダンス・フロアー、周囲にテーブル、入口の反対側にはるかはなれてバンド・スタンドが配置され、フロアー・ショウもよび物のひとつになっていた。このクラブの主たる株主は、夜の大統領アル・カポネが所有していたといわれる。1929年はシカゴ・ギャングの跳梁が絶頂に達した年で、「聖ヴ アレンタイン・デイの虐殺」が行われた年でもあった。ハインズのバンドはこのクラブを牙城とし、幾多の俊英を世に送りだしたが、このアルバムに収録されているのは、ス イング時代の絶頂期、1939年7月から40年6月にかけての一 年間に吹きこまれた名演16曲である。

2.「ボディ・アンド・ソウル/コールマン・ホーキンス」
Here is is Coleman Hawkins plays ”Body and Soul”.
Tommy Lindsay, Joe Guy (tp) Earl Hardy (tb) Jackie Fields, Eustis Moore (as) Coleman Hawkins (ts,arr) Gene Rodgers (p,arr) Oscar Smith (b) Arthur Herbert (ds) Thelma Carpenter (vcl) Hazel Scott (arr) NYC, October 11, 1939

ジャズの歴史上最も有名なレコーディングのひとつである。しかしホーキンス自身はこのレコードの伝説的なヒットに首をかしげ、「私はいつもこのように吹いていた。どうしてこのレコードだけが圧倒的にうけたのかがわからない」といっている。ヨーロッパに渡って5年間をすごしたホーキンスの帰国第一作であり、ヨーロッパでのレコーディングはアメリカでも発売されていたというが、つねに「オーバーなほどセンチでテクニック過剰だ」としてミュージシャンと批評家から過少評価をうけていたーときくと、このレコードがうけた原因も解明できそうだ。しかし立派な作品であることにはかわりない。

3.「ジャズの巨人/シドニー・べシェ」
Here is Sidney Bechet and his New Orleans Feetwarmers play ”Egyptian Fantasy”.
Sidney Bechet and his New Orleans Feetwarmers:Henry Allen(tp) J.C. Higginbotham(tb) Sidney Bechet(cl) James Tolliver(p) Wellman Braud(b) J.C. Heard(ds) New York, January 8, 1941

シド ニー・ベシェは、ジャズ・クラリネットおよびソプラノサックスの大巨星であった。彼の全盛期のレコードは、比較的知られていない。(中略)… ここにはじめてビクターに残された、彼の中期の傑作16曲が公開された。これらを聴いて、シドニー・べシェがジャズ界に残した偉大な功績を再認識されるファンも多いだろうし、またそうあってほしいものである。その力強さ、その創造力、そして絢爛たる表現力は、彼の偉大さを証明するものでなくして、何であろうか?

番組のバージョンとは異なります。

4.「エスクァイアー・オール・アメリカン・ホット・ジャズ」
Here is Leonard Feather’s Esquire All Americans play ”Long, Long Journey”.
Leonard Feather’s Esquire All Americans:(by the 1946 Esquire Hot Jazz Award Winners)
Louis Armstrong (tp,vcl) Charlie Shavers (tp) Jimmy Hamilton (cl) Johnny Hodges (as) Don Byas (ts) Duke Ellington, Billy Strayhorn (p) Remo Palmieri (g) Chubby Jackson (b) Sonny Greer (ds) New York, January 10, 1946

「プレイボーイ」誌に圧倒された観があるが、「エス クァイアー」は1930年代以降最もよく読まれた男性向き月刊 誌であった。 当時の編集長(現在は発行人)アーノルド・キングリッチは陽のあたらぬ芸術だったジャズをこの雑誌にとりあげた先覚者で、1944年に評論家レナード・フェザーをジャズ部門の専任記者に委嘱すると共に、人気投票をやるための専問委員会を設けた。(読者投票ではなかった) 年鑑を出すとともに、人気投票の首位を集めて毎年1月にニューヨークのメトロポリタン・オペラハウスやロスアンジェルス、さらにはニ ューオリンズで、「オールスター・コンサート」を開催した。各楽器の首位が「金賞」、第二位が「銀賞」を与えられ、 45年からは「新人賞」(銅賞)も設けられ、1947年末で終ったが一流雑誌がこのように力を入れたことが、ジャズの発展に与えた影響は実に大きかった。

30センチのSP盤ですが、転勤時の引っ越しで割れてしまいました。

(デューク・エリントンのアナウンスが翻訳されています)
「皆さん、デューク・エリントンです。 レナード・フェザーやすばらしいオール・スター・オーケストラとご一緒できて嬉しく思います。この1曲には私も加わって、ルイ・アーム ストロングが歌います。さあはじめよう。レナード。」 レナード・フェザー作のブルース。 ソロイストは、アームストロング(トランペット) → ホッ ジス→アームストロング(ヴォーカル)→エリントン (ピア ノ) →アームストロング(ヴォーカル)。

5.「巨星(Dizzy Gillespie)」
Here is Dizzy Gillespie Band play ”52nd Street Theme”.
Dizzy Gillespie(tp) Don Byas(ts) Milt Jackson(vib) Al Haig(p) Bill DeArango(el-g) Ray Brown(b) J.C. Heard(ds) New York, February 22, 1946

LP 初期に「52番街のジャズ」として発売されたことがあるが、(中略)…レイ・ブラウンの弓弾き部分が面白い。ミルト・ジャクソンとしては最も初期の録音に属する。ヴァイブの音があまりよくないのは、当時ボロボロのヴァイブを引いていたからであろう。

Photo by britannica.com

6.「ビ・バップ・エラ/モダン・ジャズの夜明け」
Here is Kenny Clarke And His 52nd Street Boys play “Royal Roost”.
Kenny Clarke And His 52nd Street Boys: McKinlay Dorham (Kenny Dorham), Fats Navarro (tp), Sonny Stitt (as), Ray Abrams (ts), Eddie DeVerteuil (bs), Bud Powell (p), John Collins (g), Al Hall (b), Kenny Clarke (ds), Gil Fuller (arr) New York, September 5, 1946

(中略)編曲はガレスピー楽団の諸作で定評のあるギル・フラーが担当した。だから変則的な編成で、ビッグバンド的なサウンドをもつ部分もある。 バド・パウエル、ソニー・スティットの好プレイと共に、2人のトランぺ ット奏者が印象に残る。どのソロが誰かは皆さんの判断にまつしかないが、「ロイヤル・ルースト」はワン・コーラス毎にドーハム・ナヴァ 口がソロを交換してい るようにきこえる。それが二回づつあり、この個所の トランペットは四コーラス (1コーラス 12小節の ブルース)である。

Photo by Wikipedia

Here is is Metronome All-Star Bands play “Victory Ball”.
Metronome All-Star Bands:Miles Davis, Dizzy Gillespie, Fats Navarro(tp) J.J.Johnson, Kai Winding (tb) Buddy DeFranco(cl) Charlie Parker(as) Charlie Ventura(ts) Ernie Caceres(bs) Lennie Tristano(p) Billy Bauer(g) Eddie Safranski(b) Shelly Manne(ds) RCA Studios, NYC, January 3, 1949

「ヴィクトリー・ボール」はテーマのあとアルト(パーカー)。そのあとを16小節づつ、マイルス?→デフランコ→ウィンディング?→ ヴェンチュラ → J.J.→ナヴァロ?と続く。ピアノだけが一コーラスのソロをとり、以下キャセレス→ガレスピー? と続いて、ラストのアンサンブルに入リ、そのブリッジをデフランコがとる。この曲は「ス・ワンダフル」のコードにレニ ー・トリスターノが書いたもの。ビリー・バウァー(ギター) はソロこそとらないが、すばらしいアンサンプル、ワークをきかせている。

Early Recordings by Red Rodney

October 25,2018

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Photo by Wikipedia

13歳からトランペットを演奏していたRed RodneyはJimmy Dorsey楽団(ジミー・ドーシー)やJerry Wald楽団(ジェリー・ウォルド)から楽歴をスタートさせています。

戦時下で多くのジャズミュージシャンが召集された結果、レッド・ロドニーは徴兵年齢に達しない年齢(15歳)であったので仕事に恵まれたと言われています。

Red Rodney(レッド・ロドニー)の名前はディスコグラフィー「Tom Lord Discography」においてJimmy Dorsey楽団(ハリウッドでの録音)のトランペットセクションに最初に登場します。

しかし、1927年にフィラデルフィアで生まれたRed Rodneyがハリウッドで一流バンドに参加しているとは想像しがたいです。ジミードーシー楽団がフィラデルフィア近郊で公演を行った際にトランペット要員として採用されたのではないかと推測します。

それ故初録音は下記Elliott Lawrence(エリオット・ローレンス)楽団での演奏と判断するのが妥当ではないかと推測致します。

大手CBS系列のラジオ局専属楽団のリーダーであったElliott Lawrenceは編曲者としてGerry Mulliganを迎えた同じ頃にRed Rodneyを採用しました。

Red Rodney with Elliott LawrenceAnd His Orchestra
1945年6月21日、セントルイスの”Time Town Ballroom”からの放送録音はレコード発売されていますが(Big Band Archives BBA1219)手元になく聴いておりません。

Photo above of Elliott Lawrence and His Orchestra by Youtube

上記はElliott Lawrence楽団を紹介した写真として有名ですが、右端のトランペット奏者はRed Rodneyと推測します。

JazzWax インタービュー(February 09, 2016)を引用します。(Elliott LawrenceがRed Rodneyの年齢を勘違いしている可能性がありますが、下記発言は信用に値すると思います)

Gerry was on the outs with his family, so he’d come home with me, and my mother would feed him dinner. At other times, we’d hang out together in a little office I had at WCAU. That’s when he started writing for my band and when Red Rodney came along. Red was 15 or 16 when he came on my band in ’45. We played jobs around Philadelphia.

この頃(1945年)、Red RodneyはDizzy Gillespieと知り合いになり、後にパーカーと出会うことになります。

翌年(1946年)、ジーンクルーパ楽団に加入し才能を開花させて行きます。

上記に添付した所有レコード(IAJRC-10)は会員制発売のため音源をご紹介出来ないので、代替として同時期の放送録音をお楽しみ下さい。(冒頭の司会でRed Rodneyの名前が聴き取れます)

Here is Red Rodney with Gene Krupa And His Orchestra play “The Man I Love”.
March 31, 1946 Culver City California

The Man I Love

下記の映像はレッド・ロドニーがジーンクルーパ親分に気に入られたことを明らかにする意味でも貴重だと思います。(前回添付した映像の演奏部分だけを添付しました)

Here is Red Rodney with Gene Krupa And His Orchestra(Follow That Music)

又、同時期にCharlie Ventura(チャーリーヴェンチュラ)をリーダーとしたコンボに参加し貴重な録音(Black and White label)を行っています。

Here is Charlie Ventura Septet play ”’S wonderful”.
Red Rodney (tp) Willie Smith (as) Charlie Ventura (ts) Arnold Ross (p) Barney Kessel (g) Billy Hadnott (b) Nick Fatool (d)
Los Angeles, March, 1946

S’Wonderful

同年、Buddy Richのマーキュリー盤の録音に参加し、翌年秋に自己名義のRed Rodney’s Be Boppersを結成します。

グループとして最初の録音は二人組ボーカルDave Lambert とBuddy Stewartのバックを勤めました。

Here is Dave Lambert and Buddy Stewart with Red Rodney’s Be Boppers play “Gussie G.” .
Dave Lambert, Buddy Stewart (vcl) acc by Red Rodney (tp) Al Haig (p) Curly Russell (b) Stan Levey (d) Neal Hefti (arr) New York, November 23, 1946

Here is Dave Lambert and Buddy Stewart with Red Rodney’s Be Boppers play “Perdido”.
Members of the recording are the same as above.

そして、1947年1月にRed Rodney’s Be-Boppers の名義で録音するに至りました。

Here is Red Rodney’s Be-Boppers play ”Elevation”.
Red Rodney(tp) Allen Eager(ts) Serge Chaloff(bs) Al Haig(p) Chubby Jackson(b) Tiny Kahn(d) Gerry Mulligan(arr) New York, January 29, 1947

上記録音並びに前回ご紹介したFine and Dandyについて大阪ジャズ同好会世話人の寺本氏からコメントを頂いております。

「Red Rodney’s Be-Boppersの演奏はその昔(1978年)日本フォノグラムから発売されたKeynoteレーベルの再発盤の一枚「Young Men with Horns」(BT-5263(M))に収録されていました。」

尚、SP愛好家の瀬谷さんの見解ですが「キーノートは盤質がシェラックなのでサーノイズが多いです。」という事です。

(追記)但し、「キーノート盤でも十分楽しめる音質である」という内容をFBコメントで頂きました。

50年代の白人ビッグバンド(ジャズ喫茶オアシス土曜会回顧)①

September 6,2018

「世界ジャズ人名事典(1976年SJ誌)に「ジャズ喫茶オアシス」の懐かしい広告が掲載されていました。
その広告には毎週「土曜会」が開催されると記載されています。「土曜会」ではベテランジャズファンの解説で、当時ジャズ初心者であった小生には全く知らないレコードが毎週紹介されていました。
久し振りにその当時記録していた「ジャズ喫茶ノート」を読み直し、「土曜会」の雰囲気を振り返ってみようと思います。
今回は「50年代の白人ビッグバンド」を2回に分けてブログを作成致します。

1977年6月18日「50年代の白人ビッグバンド」 解説 石川明弘氏(1)

 

 

1.Elliot Lawrence
「Plays For Swinging Dancers」から“Sometimes I’m happy” ,“Let’s fall in love”
Nick Travis, Bernie Glow, Al Derisi, Stan Fishelson ,Don Stratton (tp) Eddie Bert, Fred Zito, Chauncey Welsch (tb) Hal McKusick, Sam Marowitz (as) Al Cohn, Eddie Wasserman (ts) Charlie O’Kane (bar) Elliot Lawrence (p,arr) Buddy Jones (b) Sol Gubin (d) Johnny Mandel, Al Cohn (arr) New York, January 9, 1957

1949年の音源ですがこの曲は外せません。
Here is Elliot Lawrence and His Orchestra play “Elevation”.
Elliot Lawrence (leader)William Danziesen, Johan Di Franscesco, Joseph Techner, James Padget (tp)Vince Forchetti, Charles Harris, Seymour Berger (tb)Tony Miranda (french horn),Phil Urso, Louis Giamo, Joseph Soldo, Bruno Rendielli, M.Bredwell (reeds)Otto Karch (p)Tom O’Neil (b)Howard Tittman (ds),Gerry Mulligan (arr) April 13, 1949

 

2.Chubby Jackson
「Chubby’s Back」から“Keester parade”
Don Geraci, John Howell, Don Jacoby, John Silva (tp) Cy Touff (b-tp) Bill Harris, Tom Shepard (tb) Howard Davis (as) Sandy Mosse, Vito Price (ts) Bill Calkins (bar) Marty Rubenstein (p) Remo Biondi, Jimmy Gourley (g) Chubby Jackson (b) Don Lamond (d)
Chicago, IL, March 31, 1957

Here is Chubby Jackson And His Orchestra play “Keester parade”.

 

3. Med Flory
「Jazz Wave」から“Davy Jones”
Conte Candoli ,Jack Hohmann, Al Porcino, Ray Triscari (tp) Lew McCreary (tb) Dave Wells (tb,b-tp) Med Flory, Charlie Kennedy (as) Bill Holman, Richie Kamuca (ts) Bill Hood (bar) Russ Freeman (p) Buddy Clark(b) Mel Lewis (d)
Los Angeles, June 3, 1957
Here is Med Flory and Al Porcino Jazz Wave Orchestra play ”Davy Jones”.

Davy Jones

 

4.Shorty Rogers
「Courts The Count」から”Topsy”,“It’s sandman”
Shorty Rogers, Conrad Gozzo, Maynard Ferguson, Harry “Sweets” Edison, Clyde Reasinger (tp) Milt Bernhart, Harry Betts, Bob Enevoldsen (tb) John Graas (fhr) Paul Sarmento (tu) Herb Geller (as) Bud Shank (as,ts,bar) Zoot Sims, Bob Cooper (ts) Jimmy Giuffre (bar,cl,ts) Marty Paich (p) Curtis Counce (b) Shelly Manne (d)
Los Angeles, February 2, 1954
Here is Shorty Rogers And His Orchestra play ”Topsy”.

Here is Shorty Rogers And His Orchestra play ” It’s sandman ”.

5.Maynard Ferguson
「Around The Horn」から ”Miss Pitlack regrets”,”Never you mind”
Maynard Ferguson, Buddy Childers, Ray Linn (tp) Bob Burgess, Milt Bernhart (tb) Herb Geller (as) Georgie Auld, Bill Holman (ts) Bud Shank (bar) Lorraine Geller (p) Buddy Clark (b) Alvin Stoller (d) Bill Holman (arr)
Los Angeles, May 7, 1956
Here is Maynard Ferguson plays ”Never You Mind”

Here is Maynard Ferguson’s Film “Great Guns” .(1959)

 

6.Bill Holman
「The Fabulous Bill Holman」から”You and I”
Here is Bill Holman And His Orchestra play ”Airegin”.
Conte Candoli, Al Porcino, Ray Linn (tp) Stu Williamson (tp,v-tb) Harry Betts, Ray Sims, Bob Fitzpatrick (tb) Herb Geller, Charlie Mariano (as) Bill Holman, Richie Kamuca, Charlie Kennedy (ts) Steve Perlow (bar) Lou Levy (p) Max Bennett (b) Mel Lewis (d)
Los Angeles, April 29, 1957

You and I

 

7.Herb Pomeroy
「Life Is A Many Splendored Gig」から” It’s sandman ”,” Our delight”
Herb Pomeroy, Lennie Johnson, Augie Ferretti, Everett Longstreth, Joe Gordon (tp) Joe Ciavardone, Bill Legan, Gene DiStasio (tb) Dave Chapman, Boots Mussulli (as) Zoot Sims ,Varty Haroutunian, Jaki Byard (ts) Deane Haskins (bar) Ray Santisi (p) John Neves (b) Jimmy Zitano (d) New York, June 3~4, 1957

Here is Herb Pomeroy Orchestra play “It’s sandman“.
Members of the recording are the same as above.

_It’s sandman

Here is Herb Pomeroy Orchestra play “Feather Merchant”.
Members of the recording are the same as above.

 

大阪ジャズ同好会(2018年6月例会) 新譜紹介・参加者持ち寄り

June 19.2018

2018年6月10日(日)に開催された大阪ジャズ同好会の概要をご紹介致します。

下記レジュメの順に関連のある動画等を添付しましたのでお楽しみ下さい。

・新譜紹介

Here is JUJU sings “It Don’t Mean A Thing” from 「JUJU BIG BAND JAZZ LIVE “So Delicious, So Good”」

Here is The Shoeshiners Band -play “Shoot the Sherbert to me Herbert”.

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・参加者持ち寄り『マイ・ベスト・ジャズ・ベース』

Y瀬氏

Here is Percy Heath plays “A Love Song” [ Solo ].

Here is Gary Mazzaroppi with Les Paul play ”How High the Moon”.

 

K氏

Here is 稲葉 國光and 中牟礼 貞則(Duo) play “Conversation #1,2”

 

Alfortville27/01/2016 Le contrebassiste de jazz Henri Texier

Photo above of Henri Texierby courtesy of Mediapart

Here is Henri Texier Trio play “Stolen Moments”.

 

寺本氏

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Here is Duke Ellington and Jimmy Blanton play “PIitter Panther Patter”.
Jan.10,1940.
PIitter Panther Patter(1940)

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Here is Duke Ellington and Ray Brown play “PIitter Panther Patter”.
Dec. 5,1972.
PIitter Panther Patter(1972)

Here is Red Mitchell, Isao Suzuki, Tsuyoshi Yamamoto play “Perdido” (1979).

 

平野

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Here is Luis Russell and His Orchestra play “Jersey Lightning.
Luis Russell(p.dir) Henry Allen, Bill Coleman(tp) J.C. Higginbotham(tb) Albert Nicholas(cl, as) Charlie Holmes(as) Teddy Hill(ts) Will Johnsong bi) Pops Foster(b) Paul Barbarin(d, vib) New York, September 6, 1929
Jersey Lightning

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Here is John Kirby Sextet play “Charlie’s prelude”.
Charlie Shavers (tp) Buster Bailey (cl) Russell Procope (as) Billy Kyle (p, arr) John Kirby (b) O’Neil Spencer (d) World transcriptions, New York, 1940
Charlie’s Prelude

Chubby Jackson Little Rascals promo w Casey

 

Here is Chubby Jackson and His Orchestra play “Northwest passage”.
Howard McGhee (tp) Bill Harris (tb) Flip Phillips (ts) Ralph Burns (p) Bil Ty Bauer (g) Chubby Jackson (b) Dave Tough (d) New York, January 10, 1945
Northwest passage

Chubby Jacksonについて拙ブログ(5回)もお時間あればご覧下さい。

⇨こちら (1)https://wp.me/p6X2wH-34x

                    (2)https://wp.me/p6X2wH-34Y

                    (3)https://wp.me/p6X2wH-35z

                    (4)https://wp.me/p6X2wH-363

                    (5)https://wp.me/p6X2wH-36u

 

 

 

The early Kai Winding(3)

July 10.2017

Photo above of Stan Kenton, Kai Winding, Eddie Safranski, Pete Rugolo, and Shelly Manne by Library of Congress

After he worked with Benny Goodman’s band, he joined Stan Kenton’s orchestra.

In those days Stan Kenton was looking for a featured trombonist.

The trombone section didn’t have an identifiable sound until that time.

Kai Winding gave it the unique sound that remained with the orchestra.

Photo by Wikipedia

Pete Rugolo wrote some terrific arrangements for trombone section.

In addition the leader employed excellent talents such as Eddie Safranski and Vido Musso and Shelly Manne  at that time.

Their sound had been leading to a permanent change in the Kenton sound.

When Kenton broke up in 1946, Kai decided to play with Charlie Ventura’s jazz combo.

Again after 18 months he left Charlie Ventura and joined Woody Herman for a short period.

Photo above of Charlie Ventura and Billy Bauer and Chubby Jackson by courtesy of Jazz Guitar’s Hidden Giant

Photo above of Woody Herman, Chubby Jackson, and Abraham Rosen by courtesy of Library of Congress(Gottlieb, William P. collection)

Then he moved to the 52nd Street area.

He formed his own combos which included Brew Moore and George Wallington.

When Chubby Jackson led a studio big band,he had his first sessions with J.J. Johnson.

Photo above of J.J.Johnson by amazon.com

Kai Winding はBenny Goodman’s bandを退団した後、Stan Kenton Orchestraに入団しました。
その当時Stan kentonはトロンボーンセクションのサウンドに満足しておらず、優秀なトロンボーン奏者を探していました。
Kai Winding の加入によって、Stan Kenton Orchestraに新しいサウンドが生まれました。
Kai Winding のソロ演奏を活かすために多くの曲が作曲され演奏されました。
Pete Rugoroはトロンボーンセクションを前面に出した素晴らしい編曲をStan Kenton Orchestraに提供しました。
加えて、同時期にEddie SafranskiやVido Musso、Shelly Manneなどの優秀な演奏家も在籍していました。
彼らはStan Kenton楽団のサウンドを大きく変化させました。
1946年、Stan Kentonが個人的な理由でバンドを解散すると、Kai Winding はCharlie Venturaのグループで演奏するようになりました。
そして1年半経過後、Woody Herman楽団に短期間でしたが加入しています。
その後、彼の活動の場所はNY52番街に移動しました。
初めて彼自身のコンボを Brew MooreやGeorge Wallingtonと共に結成しました。
そしてChubby Jacksonがレコーディンの為に big bandを編成した時に、J.J. Johnsonと初めて共演することになりました。

Here is Stan Kenton orchestra play “Artistry in Percussion”.

Here is Stan Kenton orchestra play “Artistry In Bolero”.

Here is Charlie Ventura with Kai Winding “East Of Suez”.
Charlie Ventura(ts), Kai Winding(tb),Lou Stein(p),Bob Carter(b),Shelly Manne(ds),Buddy Stewart(vo)   September 11,1947

Here is Kai Winding & His Sextet play “Bop City”.
Kai Winding (tb), Brew Moore (ts), Gerry Mulligan (bs), George Wallington (p), Curley Russell (b), Max Roach (d). NYC, April 1949.

The relationship between Chubby Jackson and Lennie Tristano

June 04.2017

Photo by courtesy of All About Jazz

Last week I’ve posted about Chubby Jackson last week.

I want to write an additional interesting story about Chubby Jackson.

Last year I have read the biography of Lennie Tristano.

There is an interesting description about Cubby Jackson in this book.

I will quote “His Life in Music (27p)” by the author ;Eunmi Shim.

“Lennie and Judy Tristano arrived in Freeport, Long Island, in the summer of 1946,’
where theystayed with Chubby Jackson and his mother before moving to New York City later that year.
Freeport,Jackson’s hometown, was populated by many vaudevillians, and Jackson retainedhis interest in vaudeville throughout his career as a jazz musician.
He described thecir cumstances of Tristano’s arrival:
“Freeport was the home of all vaudevillians. Many yearsago, my mother was
in vaudeville for forty-two years. . . . I brought him [Tristano] out there and Mom played piano. . . .
There was a piano in her living room and naturally Lennie went to the piano before he went to the bathroom. . . .”

Chubby had taken care of Lennie Tristano in his home in Freeport.N.Y.

Also I realized Freeport was populated by many vaudevillians and his mother was in vaudeville for forty-two years.

I understood that there was ”vaudeville” in Chubby’s musical background.

In 1946 Lennie Tristano decided to move his music school from Chicago to NY.

I guess Chubby had evaluated the talent of Lennie Tristano.

Probably Chubby wanted to take care of the blind man at his home.

The relationship between Cubby Jackson and Lennie Tristano whose character is completely different musically is very interesting for me.

Photo above of The Sigmond Opera House
It was originally a vaudeville theater and later a cinema.

In addition I found a valuable fact by Wikipedia.

Guy Lombardo lived in Freeport during the latter portion of his life.

So the street he lived was later named Guy Lombardo Avenue.

先週、Chubby Jacksonについて投稿しましたが、もう一つだけ興味深い話があるのでお付き合い下さい。
昨年、Lennie Tristanoの伝記の一部を読みましたが、その記述の中でCubby Jacksonが登場します。

以下、”His Life in Music “作者 Eunmi Shimの27ページを要約します。

「1946年の夏、Lennie Tristanoと妻Judyは、Long IslandのFreeportに到着し、Chubby Jacksonと彼の母親の自宅に短期間一緒に暮らしました。

FreeportはChubbyの故郷であり、多くのvaudevillianが住んでいました。

Chubby自身も母親が40年近くvaudevilleをしていたことから、vaudevilleの影響を受けたそうです。

Lennie は毎夜入浴する前にChubbyの母のリビングにあるピアノを弾いたそうです」

Lennie TristanoがNYに移る途中にChubbyの自宅に立ち寄った時の記述です。

ChubbyがFreeportの自宅でLennie Tristanoの世話をしたことを知りました。

彼の育ったFreeportがvaudevilleの街で、彼の母がvaudevillianであったことも興味深い事実であると思いました。

Chubbyの音楽的背景に「vaudeville」が根付いているのでしょう。

又、Chubbyは目が不自由であってもLennie Tristanoの才能を高く評価しNYまでの途中に立ち寄ったLennieの世話したかったのでしょう。

音楽的には正反対であったCubby JacksonとLennie Tristanoの関係が私にとっては興味深いものです。

さらに、WikipediaからFreeportの街について貴重な事実を発見しました。

Guy Lombardoが晩年をFreeportで過ごしていました。彼が住んでいた通りは後に「Guy Lombardo Avenue」という名前になったそうです。

Here is Chubby Jackson and Big Band play “Lemon Drop”(1949)
Al Porcino, Norman Faye, Charlie Walp(tp), Bob Swope, Mario Doane(tb) Frank Socollow (as). Al Young, Ray Turner (ts), Marty Flax (bs), Gene DeNovi (p), Curley Russell (b),Tiny Kahn(ds), Paula Castle (vo) Teddy Charles (vib) Joe Harris (perc), Chubby Jackson (cond)

Here is Lennie Tristano plays “Lullaby of the Leaves” (Copenhagen 1965)

Chubby Jackson(5)

May 26.2017

Photo above of Woody Herman, Chubby Jackson, and Abraham Rosen by courtesy of Library of Congress(Gottlieb, William P. collection)

Chubby Jackson had continued the New York version of The Little Rascals for 13 years.

In 1978 and 1979, he and Woody Herman toured with Lionel Hampton’s band.

So he visited to Japan at the Aurex Jazz Festival in 1981.

He joined as the special guest with Lionel Hampton and Woody Herman.

He passed away October 1, 2003 in Bernardo, California at the age of 84.

Fortunately his children have been active in the music world.

His son Duffy Jackson became a jazz drummer, and toured with the Count Basie Orchestra.Go here

His daughter Jaijai Jackson created the entertainment world entitled The Jazz Network Worldwide. Go here

Photo above of Chubby and Duffy Jackson by courtesy of the Only Father-and-Son Bass and Drum Team in Jazz

Chubby Jackson はThe Little Rascals(ニューヨーク編)を13年間続けました。
晩年はジャズ界の大御所たちと世界中のツアーに参加しています。
1978年と1979年、Woody Hermanと共にLionel Hampton楽団に加わりツアーを行いました。
1981年にはAurex Jazz Festivalの特別ゲストとしてLionel HamptonとWoody Hermanらと日本に来日しました。
2003年10月1日、カリフォルニア州ベルナルドで亡くなりました。享年84歳の人生でした。
幸いにも彼の子供たちは音楽界で活躍しています。
息子のDuffy Jacksonはジャズドラマーになり、Count Basie楽団に入団しました。
こちらをクリックして下さい。(父の思い出話がwebにありました)
彼の娘Jaijai Jacksonは、『The Jazz Network Worldwide』というwebsiteを運営しています。
こちらをクリックして下さい。(サイトの左下に父についてのコメントがあります)

Here is Coleman Hawkins with  Chubby Jackson play “Summertime”.
Henry “Red” Allen (tp), Earl Warren (cl), Coleman Hawkins (ts), Marty Napoleon(p),Chubby Jackson (b), George Wettling (ds)   New York, August 7, 1958

Here is Red Rodney’s Be-Boppers play “Elevation”.
Red Rodney(tp), Allen Eager(ts), Serge Chaloff(bs) –
Al Haig (p), Chubby Jackson(b), Tiny Kahn(ds)
NY January 29, 1947

Here is Chubby Jackson All Star Band with Gerry Mulligan play “Sax Appeal”.
Howard McGhee, Al Porcino, Don Ferrara (tp), J.J.Johnson, Kai Winding (tb), Charlie Kennedy (as), Georgie Auld, Zoot Sims (ts), Gerry Mulligan (bars, arr*), Tony Aless (p), Chubby Jackson (b), Don Lamond (dm)
N.Y., March 15, 1950

Here is Lionel Hampton and Duffy Jackson play “DRUM BATTLE”.