タグ別アーカイブ: Harry Carney

大阪ジャズ同好会第39回(2019年10月13日)「日本盤ヴィンテージ・シリーズの魅力」①

October 17,2019
担当 平野隆史

ビクターレコードはコロムビアレコードと並んでアメリカの二大レコード会社です。ジャズ史上に残る名演が「ヴィンテージ・シリーズ」に収録されています。1975年、日本ビクターがLP100枚からなる「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」というシリーズを販売しましたが貧乏学生にとって全100枚の購入は諦めざるを得ない状況でした。そんな時中古レコード店で「日本盤ヴィンテージ・シリーズ」の存在を知りました。ジャズの知識が乏しい小生には油井正一氏による詳細な解説は大変役に立ちました。(現在では「講釈師見て来たような…」と思われる表現もありますが!)
今回は録音年月日順に14枚(15曲)を解説文(一部抜粋)と共にご紹介させていただきます。尚、本ブログでは特集(1時間)を2回に分けて投稿致します。

1.「ジャック・ティーガーデン(Jack Teagarden)」
Here is Jack Teagarden with Roger Wolfe Kahn And His Orchestra play “She’s A Great, Great Girl”.
Roger Wolfe Kahn And His Orchestra:Jack Teagarden (tb) A Arthur Schutt (p) Eddie Lang (g)Roger Wolfe Kahn (dir) (他)New York, March 14, 1928

ジャック・ティーガーデン(1905-1964)はジャズ史上最初に現われた偉大なトロンボーン奏者であった。白人でありながらブルースの真髄を会得していた。彼の歌は彼のトロンボーン・スタイルとそっくりであった。ルイ・アームストロングとジャック・ティーガー デンによって、ジャズ・ヴォーカルの最高のものは器楽奏者によ って生みだされることが立証された。彼の歌とトロンボーンは、最初の数音をきいただけで「ジャックTだ!」とわかる個性をもっていた。その点ではアームストロ ング、ジョニー・ホッジス、ビックス・バイダーベックに比肩する強い個性をもっていた。J.J.ジョンソンが現われるまでティーガーデンはジャズ・トロ ンボーン界のアイドルであった。そのJ.J.でさえいっている。「真の巨人はジャック・ティーガーデンであった」と。

2.「ヴァレンタイン・ストンプ/ファッツ・ウォーラー」
Here isFats Waller plays “Valentine Stomp”.
Fats Waller(p-solo) Camden, N.J. August 2, 1929

40年ちかくまえの録音とは思えない卓抜な録音で、フ ァッツ・フォーラーの至芸がきかれる。ジェームス・P・ジョンソンを開拓者とする「ハーレム・ピアノ・スタイル」の伝統をうけついだ傑作であろう。これは音楽的にファッツ・ウォーラーのエッセンスといえる作品である。

Bennie Moten and His Orchestra (Count Basieが左端に座っています),Photo by Library.umkc.edu

3.「カンサス・シティのカウント・ベイシー」
Here is Bennie Moten and His Orchestra plat “Small black”.
Bennie Moten and His Orchestra:Ed Lewis, Booker Washington (cnt) Thamon Hayes (tb) Eddie Durham (v-tb,g,arr) Harlan Leonard (cl,sop,as) Jack Washington (cl,as,bar) Woody Walder (cl,ts) Count Basie (p,vcl) Ira “Buster” Moten (p,accor) Leroy “Buster” Berry (bj) Vernon Page (tu) Willie McWashington (ds) Bennie Moten (dir) Chicago, October 23, 1929

原盤解説の書き出しは、マーチン・ウィリアムスによって 次のように書き起こされてる。
1932年12月中旬、大不況のさなか、ベニー・モーテン楽団のメンバーが、ニュージャーシー州キャムデンのビクター吹込所にやってきた。(中略)ベニー・モーテン楽団のメンバーは皆空腹をかかえ、沈み切っていた。リード奏者エディ・ベアーフィールドはこの時の模様を次のように語っている。
「誰もが一文も金は持っていなかった。アーチーという小男が準備してくれた兎肉シチューと四切れのパンのおかげで、ともかく餓死はまぬがれ、吹きこみをすませた。(中略)吹きこみが終ると、すぐカンサスに帰った。」この日、バンドメンたちがそんな苦境にあったようなことを示す痕跡は全くみられない。 素晴らしい音楽。シンから楽しげな演奏。 だが1932年にこうした演奏に耳を傾ける人はほとんどいなかった。アメリカ全体が大不況の嵐に包まれ、ホット演奏は見向きもされなくなっていたのだった。

4.「キング・オリバー・イン・ニューヨーク」
Here is King Oliver and His Orchestra play “St,James Infirmary”.
King Oliver, Henry “Red” Allen, Bubber Miley (tp) Jimmy Archey (tb) Bobby Holmes (cl) Glyn Paque (cl,as) unknown (cl,as) Walter Wheeler (cl,ts) Don Frye (p) Arthur Taylor (bj) Jean Stultz (g) Clinton Walker (tu) unknown (chimes-1) Carroll Dickerson (dir,vln-2) Frank Marvin (vcl) New York, January 28, 1930


三年ほどまえ、浅草の天ぷら屋でドイツの評論家ベーレント氏と「いったいジャズ史上最も早くグルーブ表現を心掛けたリーダーは誰だろう?」といいあったことを思い出す。(中略)
そこでぼくがいった。「ぼくはキング・オリバーだと思う」
「そうかも知れんがあまりにもブリミティヴすぎる」と彼は答 えた。 ぼくは何故オリバーと思うかを説明した。 ニューオリーンズにいた頃既にオリバーは最高のトランペット奏者であり、ジャズ王とよばれたフレディ・ケバードを吹き負かして王座についた男である。その話を聞くとオリバーはケバード以上にふてぶてしいトランペット吹きにきこえるがそうではない。 彼が残したどのレコードをきいても彼のラッパだけが他の一切を支配しているようなものはなく、つねに抑制と調和を保ちアレンジの中にとけこんでいる。こういう考え方こそグルーブ表現の基本であり、それ故にばくはオリバーを買うんだ………というところでこの話題は終り天ぷらをパクついたわけである。

5.「ストンプ・アンド・ジョイ/ジェリー・ロール・モートン」
Here is Jelly-Roll Morton and his Red Hot Peppers play “Little Lawrence”.
Jelly-Roll Morton and his Red Hot PeppersJelly-Roll Morton(p,dir) Bubber Miley, Ward Pinkett(tp) Wilbur de Paris(tb) Lorenzo Tio Jr.(cl) Bernard Addison(g) unknown(bj) Bill Benford(tu) Tommy Benford(ds) New York, March 19, 1930


ジェリー・ロール・モートンは(1885-1941)、ジャズの発生期に現われた名ピアニストであり、作曲家であり、偉大なコンボ・リーダーであります。彼はビクター・レコードに不滅の傑作を残しましたが、(1) コンボ・リーダーとしては、デューク・エリントンに比すべき 「グループ表現」に徹し、 (2) ピアニストとしては、後年のジョン・ルイスに比すべき「ヨーロッパ的形式」と「ジャズ」との本能的な結合感をもち、 (3) 作曲家としては、ラグタイムやブルースの比類ない音楽形式を、その全作品に盛りこんだのでありました。 この知的で、華麗で、感動的な音楽がどんな基盤から発生したものかを、ご説明しておきたいと思います。

6.「30年代のでデューク・エリントン」
Here is Duke Ellington and His Orchestra play “Echoes of the Jungle”.
Duke Ellington and His Orchestra(The Jungle Band):Freddy Jenkins, Arthur Whetsol, Cootie Williams (tp) Joe Nanton, Juan Tizol (tb) Barney Bigard (cl,ts) Johnny Hodges (as,sop) Harry Carney (bar,cl,as) Duke Ellington (p) Fred Guy (bj) Wellman Braud (b) Sonny Greer (ds) New York, June 16,1931


ニューオリンズに始まり、シカゴに北上したジャズは、小編成ジャズである。ところがエリントンやヘンダーソンは、ニューヨ ークという大都会の、規模の大きい職場で、10人以上の大編成によるジャズを演奏せねばならなかった。たしかに、ソロの部分をはじめ、至るところに、ニューオリンズ・ジャズの影響はある。 しかし、編曲を必要としない小編成と、オーケストレーションを必要とする大編成ジャズとは、根本理念がちがうのである。(中略)
デューク・エリントン自身が語る、「ぼくの楽器はピアノではなく、わがオーケストラなのだ」という言葉の意味がわかってくる。 キング・オリヴァーやルイ・アームストロングがトランペットで、ジョニー・ドッズやジミー・ヌーンがクラリネットという楽器で創造したものを、デューク・エリントンは、10数人を擁する彼のオーケストラで創造したのである。
要約すれば、デューク・エリントンは新しい音楽形式の創造者 であり、その第1人者としての地位を40年にわたって保ち続けている偉大な存在なのである。

Helen Ward 1916-1998 And Benny Goodman Photograph by Everett

7.「ベニー・グッドマン/スモール・グループ」
Here is Benny Goodman Trio with Helen Ward play “All my life”.
Benny Goodman (cl) Teddy Wilson (p) Gene Krupa(ds) Helen Ward (vcl)
Chicago, April 24, 1936


文字通り、スイング時代の絶頂期をうつしだしたグッドマン・コンボ の傑作集である。
昭和10年にふとしたキッカケで、ジャズを熱愛しだした私にとって、これらの1曲1曲には、いいつくせぬ思い出がある。現在50才前後のオ ールド・ファンにとっても、思いは同じことであろう。当時のビクター・レコードは、SPながら音質のいいシェラック盤で あった。ところが戦争が近づくにつれ、材質は悪化し、このアルバムで いえば、《張り切りおやじ》あたりからは、ザラザラと針音のする盤を買わされることになった。SP盤のレーベルわきには(特)とか(T)とかいう 刻印が打たれ、そのシルシのあるものは皆かなりゆがんだ音にプレスされたことを思い出す。《君に泣く》に至っては、ジョン・カービーのベ ースが、ほとんどきこえなかった。
今あらためて、最高技術で復元されたこのアルバムに接すると、30年あまり前の1曲1曲についての思い出が、昨日のことのように脳裡によ みがえってくる。この16曲は戦前に1曲のこらず日本盤のSPで出たが、その大半は今回はじめてLP化されたものである。

Photo above of Mezz Mezzrow, James P. Johnson, Hughes Panassie, Tommy Ladnier at the Victor studios by courtesy of TEDDY BUNN(JAZZ LIVES)

8.「パナシェ・セッション」

Here is Weary Tommy Ladnier plays ”Weary Blues”.
Tommy Ladnier, Sidney DeParis (tp) Mezz Mezzrow (cl) James P. Johnson (p) Teddy Bunn (g) Elmer James (b) Zutty Singleton (ds) New York, November 21, 1938


ユーグ・パナシェ(製作者)による「レコーディングの思い出」(中略)
1938年10月私は数枚のレコーディングを企画してニューヨーク に赴いた。私が企画したのはニューオリンズ・スタイルのジャズだった。」(中略)ジャズ史学者の中には、1938年頃にはもはやニューオリンズ・ ジャズは骨董品になっていたという人がいる。だがこれは大間違で、今世紀のはじめ頃生まれた偉大なミュージシャンたちは、まだ40才にもなっていなかったのである。彼らは皆音楽的にも健在だった。ただ色んなバンドに散ってニューオリンズとは関係のないジャズをやっていたのである。
ニューオリンズ・ジャズの花形は何といってもトランペット奏者だ。トランペットの安定した力強いアンサンブル・リードなくしては、典型的なニューオリンズのフロント・ラインが出来あがらない。トランペット奏者の選択こそまっさきに手をつけるべきこととは思っていたが、意外にむずかしいことがわかってきた。偉大なルイ・アームストロングは勿論最適任者だが、専属会社がちがっていた。もう一人の偉大なニューオリンズ・スタイル・プレイアーはトミー・ラドニアだが、誰に聞いても居所がわからない。ある者はとうの昔に故人になったといい、ある者は精神病院に収容されているという。(中略)
ニューヨークに着いた直後の一週間、私はトミーの所在をたずねまわったが、とうとうみつけだすことができなかった。 他のメンバーはすぐ揃った。 しかしどうしても手がかりがない侭数日が過ぎた。トミー・ラ ドニアを入れずにレコーディングするのでは出来栄えが半減してしまう、ということが目に見えていたので私は録音を延期した。ある晩メズロウが、ハーレム中をトミーを探して歩いてみようと提案した。夜中に探索がはじまった。7番街の端から端まで、ハーレム中 に知己をもつメズロウは店をのぞきこんで「トミー・ラドニアが何処にいるか知っている人はいないかい?」とたずね歩いた。約一時間ほど経った時、玉突き屋から出てきた男がメズロウのそばにくると「トミー・ラドニアの居所を知ってるよ。この手紙を出しにゆくところだ」といって一通の手紙を差しだした。私はその手紙に数年前パリで会ったことのあるパナシェだが是非会いに来てくれないか? とつけたした。トミーはニューヨークからほど遠からぬニューバーグに住んでいた。 3日後トミー・ラドニアはメズ・メズロウの家を訪ねてきた。 ニューヨークの喧騒にたえかねて数年前に小都会に移住し、トリオをひきい、トランペットの個人指導をしながら平穏な生活を送っていたのだそうだ。
発狂説もあったし、精神病院へ入れられているという説もあっ たよ、というと彼は答えた。
「発狂? なるほどそうかもしれない。だけどまだ精神病院には 入れられてませんでしたな」
彼は吹きこみの話に大いに乗り気であった。11月21日、上記の メンバーで2曲が吹きこまれた。《さあはじめよう》と《レヴォ リューショナリー・ブルース》である。

(使用音源)
1.Jack Teadarden(VRA-5019)
2.Fats Waller/Valentine Stomp(VRA-5020)
3.Count Basie/Count Basie n Kansas City(VRA-5008)
4.King Oliver/King Oliver in New York(VRA-5016)
5.Jerry Roll Morton/Stomp and Joys(VRA-5006)
6.Duke Ellington/Daybreak Express(VRA-5002)
7.Benny Goodman/The Small Groups(VRA-5026)
8.The Panassie sessions(VRA-5015)

以上

神戸ジャズサロン8月例会「バリトンサックスの名演」番外編

August 31,2018

今回は当日ご紹介されなかったハリー・カーネイ(Harry Carney)さんの映像含め、例会概要作成時にチェックしたYouTube映像をブログに纏めました。
ブログをご覧になって「俺の好きなバリトン奏者出てないな」と思われる方が多いと推察致しますがご容赦願います。

Photo above of Duke Ellington and Harry Carney by courtesy of
The Jan Persson Jazz Collection

Harry Carney

Here is Duke Ellington Feat. Harry Carney plays ”Sophisticated Lady”.
演奏に参加した大物サックス奏者の表情がとても面白いです。

Here is Harry Carney with Strings play “We’re In Love Again”.

Photo above of Serge Chaloff by JazzWax

寺本氏がご紹介
Here is Serge Chaloff Quartet play “All the Things You Are”.
Serge Chaloff(bs) ,Sonny Clark(p),Philly Joe Jones(ds),Leroy Vinnegar(b) LA March 14 & 16, 1956

Serge Chaloff の映像をご覧下さい。(Four Brothersが揃っています)
Here is Woody Herman Orchestra play “Northwest Passage”.

Photo above of Sahib Shihab by courtesy of Alchtron

Sahib Shihab

Here is Dizzy Gillespie Reunion Band featuring Cecil Payne & Sahib Shihab play ”Ray’s Idea” (1968)

Howard Johnson

26分と長く映像も良くないですがバリサク好きには堪らない共演

Here is Baritone Sax Quartet: Nick Brignola, Ronnie Cuber, Cecil Payne, Howard Johnson, Berlin 1985

Pepper Adams

上記映像を提供したのがPepperAdamsJazz ですので、Pepper Adamsを一曲添付しました。

Photo above of Pepper Adams by YouTube

Here is Pepper Adams Quartet play “Bossallegro”.
Pepper Adams (bars) Tommy Flanagan (p) George Mraz (b) Leroy Williams (d)  New York, March 11, 1980

以下、小生のお気に入りにお付き合い下さい。

Photo above of Adrian Rollini by courtesy of Pinterst

Adrian Rollini(例会でご紹介した音源を添付します)
Here is Joe Venuti’s Blue Four play ”Beatin’ The Dog”.
Joe Venuti(vln), Adrian Rollini(bass Saxバス・サックス), Eddie Lang(g) ,Arthur Schutt(p)
NYC, June 28, 1927

Photo of Jackie Cain and Charlie Ventura in 1948,Boots Mussulli, Conte Candoli, Jackie Cain, Charlie Ventura, Roy Kral,by Courtesy of Jeff Austin

Charlie Ventura

Here is Charlie Ventura Quartet play “Blue Prelude”.
Charlie Ventura (bars), Gene Kutch (p),Ace Tesone (b),Chick Kenny (ds)
Norgran MGN-1075 NYC.December 22, 1952.

Joe Temperley

Here is Joe Temperley plays “The Very Thought of You”. (June 10, 2012)

Lars Gullin

例会でF川氏から「平野君、なんで大好きなLars Gullin持って来なかったの」と言われました。先月の神戸ジャズ愛好会でご紹介しましたので選曲しませんでした。

1962年コペンハーゲンのカフェモンマルトルでのライブ映像
Copenhagens Jazzclub Montmartre in 1962.
Here is Dexter Gordon, Lars Gullin and Sahib Shihab play ”The Flight”.

最後に添付しました映像は小生の大好きな3人がオーケストラと共演しています。(途中の解説は Nils Lindberg)

Here is Lars Gullin with Nils Lindberg and Rolf Billberg on Swedish television.

大阪ジャズ同好会特集『1940年代のジャズ』(2016年12月例会)

August 06,2018

「1940年代のジャズ」2016年12月例会

解説 野瀬惟清氏

野瀬さん(神戸ジャズ愛好会のベテラン会員)が1940年代の名演を解説された特集(2016年12月例会)をブログに纏めました

尚、当日配付されたレジュメの録音年月日と異なった記載は、ブログ作成者が所有しているレコード並びにディスコグラフィー等に照らし合わせ修正したものです。

 Here is Johnny Hodges & Orchestra play “Squaty Roo”.
Johnny Hodges(as) Ray Nance(tp) Lawrence Brown(tb) Harry Carney(bs) Duke Ellington(p) Jimmy Blanton(b) Sonny Greer(ds)
Hollywood,July 3,1941

Here is Johnny Hodges & His Orchestra play “Day dream”.
Johnny Hodges(as)Cootie Williams (tp) Lawrence Brown (tb) Harry Carney (bar) Duke Ellington (p) Jimmy Blanton (b) Sonny Greer (ds)
Chicago, November 2, 1940
Day dream

Here is Rex Stewart & His Orchestra play “Linger While”.
Rex Stewart(tp) Lawrence Brown(tb) Ben Webster(ts) Harry Carney(bs) Billy Strayhorn(p) Jimmy Blanton(b) Sonny Greer(ds)
Chicago,November 2, 1940
Linger Awhile

Here is Rex Stewart & His Orchestra play “Mobile Bay”.
Rex Stewart(tp) Lawrence Brown(tb) Ben Webster(ts) Harry Carney(bs) Duke Ellington(p)Jimmy Blanton(b) Sonny Greer(ds)
Chicago,November 2, 1940
Mobile Bay

Here is Edmond Hall’s Celeste Quartet play “Jammin’ In Four”.
Edmond Hall(cl) Charlie Christian(g) Meade Lux Lewis(celeste) Israel Crosby(b)
NYC,February.5,1941

Here is Edmond Hall’s Celeste Quartet play “Profoundly Blue”.
Edmond Hall(cl) Charlie Christian(g) Meade Lux Lewis(celeste) Israel Crosby(b)
NYC,February.5,1941

Here is The Capitol Jazzmen play “Clambake in B Flat”.
Billy May(tp) Jack Teagarden(tb) Jimmie Noone(cl) Dave Matthews(ts) Joe Sullivan(p) Dave Barbour(g) Art Shapiro(b) Zutty Singleton(ds)
Los Angeles, November 16, 1943

Here is The Capitol Jazzmen play “Casanovas Lament “.
Jack Teagarden(tb,vo)Billy May(tp) Jimmie Noone(cl) Dave Matthews(ts) Joe Sullivan(p) Dave Barbour(g) Art Shapiro(b) Zutty Singleton(ds)
Los Angeles, November 16, 1943

Here is The Capitol Jazzmen with Peggy Lee play “That Old Feeling”.
Shorty Sherock(tp) Barney Bigard(cl) Les Robinson(as) Eddie Miller(ts) Stan Wrightman(p & celeste) Nappy Lamare(g) Hank Wayland(b) Nick Fatool(ds) Peggy Lee(vo)
LA,January 7, 1944
That Old Feeling

Photo above of Peggy Lee and Capitol Jazzmen by courtesy of UMKC Digital Special Collections

Here is Capitol International Jazzmen play “You Can Depend On Me”. 
Benny Carter(as) Coleman Hawkins(ts) Bill Coleman (2)(tp) Buster Bailey(cl) Nat King Cole(p) Oscar Moore(g) John Kirby(b) Max Roach(ds)
LA, March 30, 1945
You Can Depend On Me

Isham Jones’ compositions(1)  

October 03,2017

Photo by courtesy of Wikimedia Commons

I am planning to feature Woody Herman’ work on this next Sunday.

Woody Herman took over the band from Isham Jones.

I am not familiar with Isham Jones but I love his songs.

So I would like to post about Isham Jones’ work this week.

先月、例会の準備でWoody Hermanの初期の活動について調べていました。

1936年Woody HermanはIsham Jonesのバンドを引き継ぎ自己のオーケストラとして活動を始めます。

私自身Isham Jonesについて詳しくありませんが彼の曲は大好きです。

今週はIsham Jonesが作曲した名曲にお付き合い下さい。

It Had to Be You(1924年) 作詞 Gus Kahn

この曲「アニーホール」でダイアン・キートンが歌っていたので覚えました。ブログの最後に添付しました。

Here is Isham Jones & his Orchestra play “It Had to Be You”.(1924)

Here is Django Reinhardt plays “It Had To Be You”.

Here is Ruth Etting sings “It Had To Be You” (1936).

Here is Dick Haymes and Helen Forrest sing “It Had To Be You”.

Here is Harry Carney Octet with Strings play “It Had to Be You”.

Here is Rod Stewart sings “It had to be you”.

Here is Annie Hall Diane Keaton sings  “It Had to Be You”.

Joe Temperley(2)

May 11.2017

Photo by courtesy of Heraldscotland.com

Joe Temperley completely enthused by New York.

So he resolved to try his luck in the city, arriving in Manhattan with his wife in December 1965.

However, right after arriving in NY, there was no work of jazz for him.

He was working in a department store unwillingly.

Fortunately he was given the chance to joined the Woody Herman orchestra.

After two years he had a regular gig with the Thad Jones and Mel Lewis Jazz Orchestra every Monday at the famous Village Vanguard club.

When Harry Carney passed away  in October 1974,Joe Temperley played “Sophisticated Lady” at Harry’s funeral.

Two weeks later he was working with Mercer Ellington Bandas as Harry Carney’s replacement.

Photo above of Duke Ellington and Harry Carney by courtesy of
The Jan Persson Jazz Collection

Then Joe Temperley spent ten years in the Ellington band.

In those days Wynton Marsalis took notice his performance.

Joe Temperley はニューヨークという街に完全に魅了されました。
1965年12月,音楽家として活躍の場を求め妻とマンハッタンに移住しました。
しかし、ニューヨークに到着後、彼にはジャズの仕事はありませんでした。
不本意ながら百貨店で働きながらチャンスを待っていました。
幸運にもWoody Hermanオーケストラに参加し、2年間在籍しました。
又、毎週月曜日のVillage Vanguard で行われていたThad JonesとMel Lewis Jazz Orchestraとも交流していました。
1974年10月尊敬するHarry Carneyの葬儀で「Sophisticated Lady」を演奏した。
この演奏によりHarry Carneyの後任としてMercer Ellington Bandに加入した。
その後Joe Temperleyは10年間サックス部門の中心として活躍していました。
その当時、ある若手トランペッターが彼の演奏に注目していました。(Wynton Marsalis)

Here is Woody Herman band including Joe Temperley play “Make Someone Happy”.

Here is Joe Temperley with Buck Clayton’s band play “Angel In Blue” (1988)

Here is Joe Temperley with Junior Mance Trio play “In a Sentimental Mood.”(1966)
Junior Mance (p), Keter Betts (b), Jackie Williams (ds), Joe Temperley (bs)

 

Joe Temperley(1)

May 10.2017

Photo above of Joe Temperley by NPR

Late last month I posted about bass clarinet players.

I announced to write again about Joe Temperley on next month.

Joe Temperley was a giant of the baritone saxophone and the first Scottish jazz musician to make it on the New York scene.

Photo above of (from left),Quentin Jackson, Harry Carney and Britt Woodman
courtesy by Pinterst

In the 1970s following the death of Harry Carney, his glorious baritone saxophone sound anchored the Duke Ellington Orchestra.

He was born on September 20,1929 in Crowdenbeath, Scotland.

When he was 14 old, he was already playing cornet alongside his elder brother in the Cowdenbeath Brass Band.

Then he began to play alto saxophone.

Photo above of Louis Armstrong and Humphrey Lytteltonby collection National Portrait Gallery, London

After moving to London, he joined Humphrey Lyttelton’s band and switched to the baritone sax.

He later said ;“That was the start of my professional career.The rest was incidental.”

He met many top American musicians ,including Louis Armstrong, Billie Holiday, Thelonious Monk, Cannonball Adderley and Anita O’Day.

So he enjoyed his first taste of New York in August 1959.

Once I posted about Humphrey Lyttelton.Go here

先月末、Bass clarinetプレイヤー列伝として投稿致しました。
その中でJoe Temperleyについて彼の命日である5月に詳しく投稿するとお約束しました。
Joe Temperley は baritone saxophoneの名手であり、スコットランド出身のジャズミュージシャンで後年はニューヨークで活躍しました。Harry Carneyの死後、Duke Ellington Orchestraのサックスの中心でした。
1929年9月20日、スコットランドのCrowdenbeathで生まれ、14歳の時に同地のBandで兄と一緒にコルネットを演奏していました。その後、アルトサックスに楽器を変えました。
ロンドン移住後、Humphrey Lyttelton’s bandに加入しバリトンサックスをメイン楽器としました。
彼は「それは私のプロのキャリアのスタートだった。残りは偶然だった。」と発言している。
彼はLouis Armstrong、Billie Holiday、Thelonious Monk、Cannonball Adderley、Anita O’Dayなどと共演しました。
そして1959年8月にニューヨークに初めて演奏旅行にも行きました。
私はHumphrey Lytteltonについて過去に投稿しています。こちらをクリックして下さい。

Here is Joe Temperley plays “Alabama”.

Here is Joe Temperley plays “SIngle Petal of a Rose”.

The biographies of “Bass clarinet” heroes(3)

April 29.2017

Photo by London Jazz Collector

Today, I want to introduce three bass clarinetists.

Buddy Defranco recorded an album on bass clarinet of all blues tunes.

The album is called Blues Bag.

Photo above of Buddy DeFranco, Red Norvo, Beryl Booker, Leonard Feather, Billie Holiday, Louis McCay by courtesy of Pinterest(1954)

I found an intersting article,”Buddy de Franco: A Bass Oddity”.Go here

He plays his bass clarinet like he usually does his clarinet.

Herbie Mann also recorded an album in 1957 exclusively on bass clarinet.

The album was titled “Great Ideas of Western Mann” and probably the first album of jazz.

He recorded entirely on bass clarinet.

Photo above of Joe Temperley by courtesy of BBC News Services

Joe Temperley also played bass clarinet occasionally.

In the 1970s following the death of Harry Carney, his glorious baritone saxophone sound anchored the Duke Ellington Orchestra.

Unfortunately he died in New York City on 11 May 2016, aged 86.

So next month I would like to post about his contributes.

今日、3人のベースクラリネット奏者を紹介します。
Buddy Defrancoもベースクラリネットを演奏しています。
最近、このアルバムについて興味あるブログを見つけました。
こちらをクリックして下さい。
彼は楽器の違いを意識させないような演奏をしています。
Herbie Mann もリバーサイドレーベルにベースクラリネットのみでアルバムを録音しています。
Joe Temperley はHarry Carneyの死後、Duke Ellington Orchestraのバリトンサックスを担当していました。時折ベースクラリネットを演奏しています。
彼は昨年の5月に亡くなりました。彼の貢献については、1周忌になる来月に改めて投稿したいと思います。

Here is Buddy DeFranco plays “Blues Bag “ and “Rain dance”.
Buddy DeFranco (cl, bass cl),Freddy Hill (tp) ,Lee Morgan (tp), Curtis Fuller (tb), Victor Feldman (p, vib) ,Victor Sproles (b) Art Blakey (ds)
December 1 & 3, 1964

Here is Herbie Mann Quintet play “Get Out Of Town”.
Herbie Mann (bcl),Jack Sheldon( tp), Jimmy Rowles (p), Buddy Clark(b), Mel Lewis(ds) July 3, 1957.

Here is Joe Temperley plays “Single Petal of the Rose”.

The biographies of “Bass clarinet” heroes(2)

April 28.2017

Photo above of (from left),Quentin Jackson, Harry Carney and Britt Woodman
courtesy by Pinterst

Yesterday I posted about Omer Simeon.

Today I would like to introduce Harry Carney.

As another historical side note, Harry Carney also played bass clarinet with Duke Ellington.

Harry Carney was born April 1, 1910 in Boston, Massachusetts.

His virtuosity on the baritone saxophone influenced generations of subsequent players.

He also performed on clarinet and bass clarinet, as well as alto saxophone in the early years of his career.

When he began to play alto saxophone His idle was Johnny Hodges.

Also he was influenced by Buster Bailey and Don Murray and Coleman Hawkins and Adrian Rollini.

Photo above of Don Murray by courtesy of The Pop of Yestercentury

About his idles, I quoted his speaking from HARRY CARNEY’S ADMIRATION SOCIETY

My first influences [on clarinet] were Buster Bailey with Fletcher Henderson, and Don Murray with Jean Goldkette. As a brash kid, I always wanted to play faster than anyone on clarinet, and both Buster and Don Murray were great technicians. Too bad I didn’t stick with them! Perhaps I’d be a clarinetist today. Buster has always sounded to me like a perfect man for the symphony, and on those up-tempo numbers with Fletcher Henderson he always showed what a well-schooled musician he was.

After playing a variety of gigs in New York City at the age of 17, Carney joined Ellington in Boston in 1927.

Harry Carney focused mainly on the baritone saxophone for the remainder of his career, doubling bass clarinet, and less frequently clarinet.

Barney Bigard was the featured clarinetist with Ellington from 1928-1942.

Occasionally he took a solo on clarinet.

Photo courtesy by Visual discography of Billie Holiday

In addition he played clarinet with Teddy Wilson’s Brunswick sessions with Billie Holiday.

So Harry Carney performed a rare bass clarinet solo with Duke Ellington in 1934.

“Saddest Tale” was a rare recording of Duke’s voice, along with Harry’s bass clarinet.

Photo above of Harry Carney

今日はHarry Carneyを紹介したいと思います。Harry CarneyはDuke Ellington楽団でbass clarinetを吹いた録音を残しています。彼のclarinet演奏に影響を与えた先輩については下記に引用します。

「私の最初の影響は、Buster Bailey と Jean Goldkette楽団でのDon Murray でした。私はいつもクラリネットを誰よりも速く吹きたいと思っていました。
Buster Bailey は常に完璧で Fletcher Henderson楽団でのアップテンポ・ナンバーはミュージシャンにはとても参考になる演奏です。」

1928-1942年、Ellington楽団のクラリネット奏者はBarney Bigardでした。
しかし、Harry Carneyも時にはクラリネットソロを演奏していました。
特筆すべき録音としてBillie HolidayとのTeddy WilsonのBrunswickセッションでクラリネットで参加しています。
又、Ellington楽団 で録音された“ Saddest Tale” はDukeの朗読とHarryのbass clarinetが貴重です。
この録音は3枚組セットで聞いていました。この時代の日本のレコード会社は凄い。

the commentary by Stanley Dance,Japanese translation by 野口久光

Here is Duke Ellington with Harry Carney play “Saddest Tale”.

Here is It’s Teddy Wilson with Billie Holiday play “It’s like reaching for the Moon”.(1936)
Jonah jones(tp), Harry Carney(clarinet), Lawrence Lucie(g), John Kirby(b),Cozy Cole (ds)

Adrian Rollini(3)

December 23. 2016

fho2

Photo above of Fletcher Henderson and his Orchestra:Coleman Hawkins was to sit next to bass saxophone

多くのリード・プレイヤーはベースサックスの演奏を試みましたがほとんど成功しませんでした。コールマンホーキンスも初期のヘンダーソン楽団でベースサックスに挑戦しました。しかし、ヘンダーソン楽団の同僚たちは彼の音色を聞いてヒステリックに笑いました。その結果、ホーキンスはベースサックスを諦め、テナーサックスに専念しレジェンドになりました。

Today I will post about a difficulty of bass saxophone.

Many other reed players tried the bass saxophone, but mostly with little success.

The great Coleman Hawkins used it briefly with the Fletcher Henderson Orchestra.

His timbre was curious honks and squeaks and Henderson colleagues laughed hysterically.

So he decided to concentrate on tenor saxophone.

Fortunately we can hear his bass sax performance with Fletcher Henderson and his Orchestra.

I think that it is interesting to compare the bass saxophone of Coleman Hawkins and Adrian Rollini.

%e3%83%80%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%89

Photo above of Harry Carney

Although there were never many bass saxophonist, the baritone sax was to become the cornerstone of jazz band by Harry Caney’s effort.

Harry Carney said “I actually tried to get a sound as big as Adrian Rollini, who was playing bass sax at that time . . . so I suppose whatever sound I get goes back to that.”

Rollini gave up the bass saxophone for the last time in 1938.

Then he continued to be active with vibraphone and chimes.

Here is Coleman Hawkins & Fletcher Henderson play “Carolina Stomp” (1925).

We can actually hear Coleman Hawkins on a bass saxophone.

Here is Frankie Trumbauer & Bix Beiderbecke & Adrian Rollini play “Crying All Day”(1927).

Here is California Ramblers with Adrian Rollini play “I Must Have Company”(1924).