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おやまぁあんたまで!!「歌いたがり屋」列伝(大阪ジャズ同好会特集)

May 4.2018

おやまぁあんたまで!!「歌いたがり屋」列伝  解説 吉瀬 拓雄氏 (2015年4月12日)

今回は「歌いたがり屋のジャズ奏者たちが大集合です。ジャズのレコード録音は1917年、白人バンドの0DJBが始まりと されますが、その前年に女性歌手マリオン・ハリス、さらに遡る1911年にラグタイム キングと呼ばれたジーン・グリーンが残した歌声もあるそうです。とはいえ、ヴォーカ ルをジャズの主要なパートに押し上げたのは1920年代半ばにホット5を結成したル イ・アームストロングの功績でしょう。その影響は、ビング・クロスビーら多くの歌手にとどまらず、器楽奏者たちにも歌う楽しさ(快感)を教えてしまったのでした。

まずは、ルイに刺激された調子のいいトランペッターたちの歌声を…

(1) HENRY RED ALLEN

ルイより5つ年下のニューオリンズ出身で、ルイス・ラッセル、キング・オリヴ アーらのバンを経て独立。当日はDark Eyes(1944)を選曲されましたが音源がありません。代替としてJ.C.Higginbotham(tb)達とコーラスしている映像を添付しました。

Here is Henry Red Allen sings “Drink Hearty”.(1946)

Photo by YouTube

(2) BUNNY BERIGAN
学生バンド時代にハル・ケンプに見出されて欧州ツアーに参加。ポール・ホワ イトマン、ベニー・グッドマン楽団にも所属し独立。36年のメトロノーム誌人 気投票で首位。40年にはトミー・ドーシー楽団に加わったが、33歳で早世。

Here is Bunny Berigan sings “Star dust” .

(3) ROY ELDRIDGE
1930年代半ばから活躍し、40年には白人ビッグバンド最初の黒人レギュラーと してジーン・クルーパ楽団に迎えられた。その後アーティー・ショウ楽団、JA TP、グッドマンの欧州ツアーにも参加。これは自己パンド時代の演奏で、メンパーにサヒブ・シーハブの名も。歌題は「恥ずかしくないかい?」でしょうか。

Here is Roy Eldridge sings “Ain’t that a Shame” (1946)

 

Photo above of  Charlie Shavers by Wikipedia

(4)CHARLIE SHAVERS
20歳前にジョン・カービー楽団に入り、大半の編曲を手がけたといわれる才人。 トミー・ドーシーやグッドマン楽団にも参加。多くの録音を残したレイ・ブライ アントトリオとのアルバム「Digs Dixie」から自作曲を。グリークスはペテンの俗語?

Here is Charlie Shavers sings “Daddy’s Got The Gleeks”.(1959)

 

5) DIZZY GILLESPIE
ビバップやラテンリズムの導入でモダンジャズの功績者と讃えられる一方、テ ディ・ヒル、キャブ・キャロウエイら所属楽団のボスや仲間と衝突を繰り返した という。MJQメンバーも彼の楽団にいた。クインテットの演奏で、ビル・グラハ ム(as)、ウイントン・ケリー(p)、ボニー・グリッグス(b), アル・ジョーンズ (d)。(他にナット・アダレイ、クラーク・テリーも歌っているようです)

Here is Dizzy Gillespie sings “Blue Skies”

トロンポーンはおなじみジャック・ティーガーデンを省略してこの人に…

Photo above of Tyree Glenn by AllMusic

 

(6) TYREE GLENN
べニー・カーター楽団などを経てキャブ・キャロウエイ、デューク・エリントン楽団へヴァイブ奏者との二足のわらじで活躍。歌の方もトロンボーンと同様、 楽しさがあふれます。クインテットのメンバーは、メリー・オズボーン(g)、トミー・フラナガン(p)、チャーリー・ポッター(b)、ジョー・ジョーンズ (d)。
歌うサックス奏者は少なく、他にソニー・スティット、トランバウアー、古谷充ぐらい

Here is Tyree Glenn sings “Yes Sir That’s My Baby” (1957)

 

(7) GERRY MULLIGAN
ピアノレスのカルテットなど、意欲的試みでウエストコーストから新風を吹か せたあのマリガンが歌ってます。フュージョンのデーヴ・グルーシンと組んだ 全曲自作のアルバム。ジェイ・レオンハート(b)、バディ・ウイリアムス (a)。

Here is Gerry Mulligan sings “I Never Was A Young Man”. (1980s)

ピアニストで歌っているのはホーギー・カーマイケル、マット・デニスといった作曲家系と弾き語りトリオの元祖ナット・キング・コールは割愛して、次の2人を

 

(8) OSCAR PETERSON
ナット・コールとの約束で歌を封印したと言われるピーターソンが、その前に 吹き込んだアルバム「Romance」の1曲。ナットの死後もリスペクト盤を1枚出しただけでした。バックはバーニー・ケッセル(g)と、レイ・ブラウン(b)。

Here is Oscar Peterson sings “I Can’t Give You Anything But Love”. (1953)

Photo by National Jazz Museum in Harlem
Happy Birthday Jay McShann

(9) JAY MCSHANN
カンザスシティ・ジャズ時代を知るベテランの復活第2弾。ジェリー・マリガ ン(bs)、ハービー・マン (fl)、ジョン・スコフィールド(g)、ジョー・モレ ロ(d)、ジャック・シックス(b)というメンバーを得て気持ちよく歌い、弾いて います。前に聴いてもらったマリガン 94年の同曲はこれの完成形でしょうか。

Here is Jay Mcshann sings “Georgia On My Mind”.(1978)

負けじとオルガンも、そしてドラムもベースもヴァイヴも

(10) JIMMY SMITH
Tell Me(1966)
ピアノ弾きが歌うなら俺だって、とジミー・スミスも歌います。バックのメ ンバーは不詳ですが、彼にはもう1枚ジョニー・ペイト楽団をバックにした歌入りアルバム「The Other Side Of Jimmy Smith」もあるそうです。当日選曲された「Tell Me」の音源の代替としてYouTube映像をご覧下さい。
Here is Jimmy Smith and Kenny Burrell play “Got my Mojo Workin’ “(1993)

 

( 11)BUDDY RICH
リッチ・ヴォイスといろアルバムのタイトル通り、なかなかのいい声でいい歌いっぷり。バックはハル・ムーニー楽団。もう1枚ある「Just Sing」では、 ベン・ウェブスターやハリー・エディソンらをバックに歌っています。
(ドラマーではグラディ・テイトも歌っているそうですが…)

Here is Buddy Rich sings “Me And My Shadow”(1959)

 

(12) RED MITCHEL
Love You Madly(1988)
1968年から長期にわたってスウェーデンに居を移し、これも現地にクラーク テリーを迎えてのデュオ録音。アルバムの約半数5曲がデューク・エリントンの作で、自作の詞をつけて彼に敬意を表しクラークも最後でハモります。
選曲された「Love You Madly」についても音源の代替として下記を添付します。

Here is Red Mitchell sings “When I’m Singing “.

Recorded:New York City, October 31, 1982

 

(13)LIONEL HAMPTON
RCAビクターは 1937年から4年間、ハンプトンにニューヨーク滞在中は自由に使ってくれと録音スタジオを開放していたそうです。その初期にあたるこの曲はバスター・ベイリー(cl)、ジョニー・ホッジス(as)、コジー・コール (d)らをバックに気持ちよく、そして後年に比べ極めて真摯に歌っています。

Here is Lionel Hampton sings “On The Sunny Side Of The Street”. (1937)

 

(14) MILT JACKSON
全曲歌入りのアルバムもある無類の歌いたがり屋さん。ビリー・ホリデーや シナトラの歌唱で知られる「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」まであるのですが、パリでエンリコ・イントラ・グループと歌ったこの曲を。契約の関係か、ヴァイブを叩かず、歌に徹しています。ピアノは彼かも…。

Here is Milt Jackson sings “Autumn Leaves” (1964 )

以上 14 曲、「楽器で歌う」ことに専念する多くのミュージシャンには失礼な企画ではありましたが、1曲でも気に入ってもらえる物があったなら幸いです。

『ホーキンス派の巨人~レオン・チュー・ベリー』

April 30.2018

Photo by Pinterst

大阪ジャズ同好会例会2016年10月例会
特集「『ホーキンス派の巨人~レオン・チュー・ベリー』解説  寺本泰規氏(同好会世話人)

はじめに 今月の特集は皆さんにとってあまりなじみがないと思われる人を取り上げました。テナーサックスの父と呼ば るコールマン・ホーキンスに比べて1941年に31才で事故死したためレコーディングもそれほど多くはなく、リ ーダー録音は2つしかありません。録音の多くはビッグバンドやコンボのサイドメンとしてのものでしたが、数々の印象的なソロを演奏して当時のジャズファンをうならせただけではなく、現在においても熱心なファンの間 で語り継がれています。
さて彼の生涯については資料としてプリントしてありますのでそちらを見ていただくことにして、早速その演 奏を聴いていただくことにしましょう。彼の演奏の特徴はホーキンスやべンのようにヴィブラートやアクセント をあまり効かせず、スムーズなフレーズを止めどなく聴かせることにあります。

それではまず最初に最も初期の演奏としてスパイク・ヒューズ楽団での演奏を聴いてみましょう。ソロはディ ッキー・ウェルズ、ベニー・カーター、チュー・ベリー、ホーキンス、ベニー・カーター、ヘンリー・レッド・ アレンです。
1.「Music at Midnight」(May 18,1933)(2:43)
SPIKE HUGHES AND HIS ALL AMERICAN ORCHESTRA
Henry Red Allen, Leonard Davis, Bill Dillard(tp) Dicky Well, Wilbur De Paris, George Washington(tb) Benny Carter(as, cl) Wayman Carver(as,fl) Howard Johnson(as) Coleman Hawkins, Chu Berry(ts) Luis Russell(p) Lawrence Lucie(g) Ernest Hill(b) Sidney Catlett(ds) Spike Hughes(dir,arr)

 

ホーキンスとの違いがおわかりになったでしょうか?よく似てはいますが、彼の独自性が感じられる演奏だと思 います。次にブルースの女王ベッシー・スミスの伴奏者としてのソロを聴いていただきましょう。彼は結構ヴォ ーカルの伴奏者としてレコーディングがあり、このセッションはその最も初期のものです。
2.「Do Your Duty」(NYC, Nov 24,1933)(3:31)
BESSIE SMITH – ORCHESTRA ACC. BY BUCK AND HIS BAND
Frankie Newton(tp) Jack Teagarden(tb) poss.Benny Goodman(cl) Chu Berry(ts) Buck Washington(p) Bobby Johnson(g) Billy Taylor(b) Bessie Smith(vcl)

 

次の演奏は臨時編成された白黒混合バンドで、スイング時代の名手達が顔をそろえた演奏としても有名です。 特にベリガンの参加は貴重です。
3.「Blues In E Flat」(Jan 25,1935)(3:03)
RED NORVO AND HIS SWING OCTET
Bunny Berigan(tp) Jack Jenny(tb) Jphnny lince(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) George Van Eps(g) Artie Bernstein(b) Gene Krupa(ds) Red Norvo(xyl)

 

次はピアニストでもあり歌手でもあるPUTNEY DANDRIDGEとの共演です。ここでのソロはくつろぎに満ちたもの となっています。
4.「Chasing Shadows」(NYC, June 25,1935)(2:40)
PUTNEY DANDRIDGE AND HIS ORCHESTRA
Roy Eldridge(tp) Chu Berry(ts) Putney Dandridge(p-2, vcl) Harry Grey(p-1) Nappy Lamare(a) Artie Bernstein(b) Bill Beason(ds)

 

1935年暮れにフレッチャー・ヘンダーソン楽団に入団した彼は30曲あまり吹き込みますが、その中からべニー ・グッドマンの演奏でも有名な「Stealin’ Apples」です。
5.「Stealin’ Apples」(Chicago, lar 27,1936)(2:58)
FLETCHER HENDERSON AND HIS ORCHESTRA
Dick Vance(tp,arr) Joe Thomas, Roy Eldridge(tp) Fernando Arbello, Ed Cuffee(tb),Chu Berry(ts) Buster Balley(cl,as) Scoops Carey(as) Elmer Fletcher Henderson(p-1, arr) Horace Henderson(p-2,arr) Bob Lessey(g)John Kirby(b) Sid Catlett(ds)

Roy Eldridge and Chu Berry – September 1935 by coutesey of Christopher Swing & Beyond

名演「Bluet In C Sharp Minor」と同じ日に録音された、日本でもおなじみの「メリーさんの羊」を聴いてください。唄はロイ・エルドリッジです。
6,「Mary Had A Little Lamb」(Chicago.May 14,1936)(2:57)
TEDDY WILSON AND HIS ORCHESTRA
Roy Eldridge(tp,vcl) Buster Bailey(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) Bob Lessey(g) Israel Crosby(b) Sid Catlett(ds)

 

1938年1月6日に録音されたビリー・ホリディのセッションではテナーがレスターヤングでしたが、それに先立 つ3週間前にテディ・ウィルソン以外異なるメンバーでこの曲が吹き込まれましたが、長い間未発表でした。レス ターのものと比較して聴いてみるのもおもしろいと思います。
7.「When You’re Smiling」(NYC, Dec 17,1937) (2:58)
TEDDY WILSON AND HIS ORCHESTRA
Hot Lips Page(tp) Pee Mee Russell(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) Allen Reuss(g) unknown(b)unknown(ds)

 

今度のセッションはチュー・べリーだけではなく、ミルドレッド・べイリーの決定的名唱としても知られるもの です。別テイクも聴いてみると、ソロの出来はオリジナルテイクに分があるように思います。チュー・ペリーだけ ではなく、ハンク・ダミコや特にデーブ・タフのドラミングにも注目して欲しいと思います。
8.「Lover Come Back To Me」(NYC, Jan 10,1938)(3:18)
MILDRED BAILEY AND HER ORCHESTRA
Jimmy Blake(tp) Hank D’Amico(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) Allen Reuss(g) Pete Peterson(b) Dave Tough(ds) Mildred Bailey(vcl) Eddie Sauter(arr)

「Lover Come Back To Me」別テイク

Photo by mibandamemata

次の演奏はラジオ放送を収めたもので、司会者がソロイストを次々と紹介しながら演奏が続いていくところな どは正に臨場感あふれるものとなっています。
9.「Someday Sweetheart」(NYC, Jan 20,1939)(4:45)
Harry James, Charlie Teagarden(tp) Jack Teagarden(tb,vcl) Joe Marsala(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) John Kirby(b) George Wettling(ds)(Broadcast from the Hickory House)

 

Photo courtesy by Visual discography of Billie Holiday

彼はビリー・ホリディと何回かセッションを共にしていますが、この演奏はその一つです。レ スター・ヤングとの共演はあまりにも有名ですが、今となってはこのセッションも貴重というべきでしょう。
10.「That’s All Ask Of You」(Jan 20,1939) (2:59)
BILLIE HOLIDAY AND HER ORCHESTRA
Charlie Shavers(tp) Tyree Glenn(tb) Chu Berry(ts) Sonny White(p) AI Casey(g) Johnny Williams(b) Cozy Cole(ds) Bille Holiday(vcl)

 

彼は生涯に一度だけカウント・ベイシー楽団と共演していますが、その演奏が次の曲です。レスター・ヤング と共演した唯一の演奏です。レスターとの違いを味わってください。いつもの豪快さは影を潜め、おとなしめのソロとなっています。
11.「Oh Lady Be Good」(Feb 4,1939)(3:09)
COUNT BASIE AND HIS ORCHESTRA
Ed Lewis, Shad Collins(tp) Buck Clayton(tp, arr) Harry Edison(tp) Bennie Morton, Dicky Wells. Dan Minor(tb) Earle Warren(as) Lester Young, Chu Berry(ts) Jack Washington(as, bari) Count Basie(p) Freddie Green(g) Walter Page(b) Jo Jones(ds)

 

スイング時代 には三つの代表的なセッションがありました。ライオネンル・ハンプトンをリーダーとするビクター・セッショ ンとミルドレッド・ベイリーをリーダーとしたコロンビアのセッション、最後はテディ・ウィルソンをリーダーとするブランズウィック・セッション(ビリーホリディ名義のものを含む)です。この演奏はハ ンプトンのセッションの一つで、曲の最初から最後までブロウし続けるチュー・ベリーのソロは正に聞き物です。
12.「Sweethearts On Parade」(NYC, Apr 5,1939)(3:02)
LIONEL HAMPTON AND HIS ORCHESTRA
Chu Berry(ts) Lional Hampton(vib, vcl) Clyde Hart(p) Allan Ruess(g) Milt Hinton(b)Cozy Cole(ds)

 

キャブ・キャロウェイ楽団におけるバラードの名演といえば真っ先に上げられるのが次の演奏でしょう。情感 にあふれた彼のバラードプレイは聴く者の胸を打ちます。
13.「A Ghost Of A Chance」(Chicago,June 27,1940)(2:56)
CAB CALLOWAY AND HIS ORCHESTRA
Mario Bauza, Dizzy Gillespie, Lammer “right(tp) Tyree Glenn(tb,vib) Quentin Jackson, Key Johnson(tb) Chu Berry, Walter Thomas(ts) Benny Payne(p) Danny Barker(g) Milt Hinton(b) Cozy Cole(ds) Cab Calloway(vcl) Benny Carter, Andy Gibson, Edgar Battle, Don Redman(arr)

Photo by Discogs

 

2回目(最後)の彼のリーダー・セッションからジャズのスタンダードである「明るい表通りで」を演奏します。 ジョニー・ホッジスを始めとした数々の名演と比べても、決して見劣りすることがないプレイだと思うのですが 皆さんはどう感じられましたでしょうか。
14.「On The Sunnyside Of The Street」(NYC, Aug 28,1941)(3:56)
CHU BERRY AND HIS JAZZ ENSEMBLE
Hot Lips Page(tp) Chu Berry(ts) Clyde Hart(p) AI Casey(g) AL Morgan(b) Harry Yaeger(ds)

 

さて彼の演奏は如何だったでしょうか。有名なビッグバンドに在籍中の演奏はかなり残っているのですが、そ の他の演奏はリーダーセッションが2回しかないのと、コンボでの演奏が細切れに散在しているため、彼の演奏 を聴くには多大な努力が必要です。そのためコールマン・ホーキンスやベン・ウェブスターに比べ過小評価される のはやむを得ないと思いますが、その演奏をつぶさに聴くと彼の演奏の素晴らしさがわかっていただけると信じ ています。今回の特集がチュー・ベリーに対する皆さんの再評価につながれば良いなあと思います。

Johnny Pate(3)

June 08.2017

While performing with South, Johnny Pate furthered his musical training by studying at Chicago’s Midwestern Conservatory from 1951 to 1953.

In those days Johnny Pate also played with the Red Allen – J.C. Higginbotham Combo.

Photo above of Mills Blue Rhythm Band. From left to right: George Washington, J. C. Higginbotham, Henry “Red” Allen, Wardell Jones and Shelton Hemphill from Wikipedia

In addition during this same time period, he worked for the Club De Lisa as the arranger of its shows’ production numbers.

The feature male singer in the show was a young man by the name of Joe Williams.

Please refer to an interesting blog about Joe Williams and the Club De Lisa.Go here

Then Johnny Pate and Joe Williams became life-long friends.

In the end of the 50’s, he led his own group that served as the house band at Chicago’s Blue Note.

There he worked with Ella Fitzgerald, Sarah Vaughan and Duke Ellington.

Also he recorded “Johnny Pate at the Blue Note” (1956).

Photo above of Sarah Vaughan and Ella Fitzgerald by courtesy of Pinterst

Johnny Pateは1951年から1953年までシカゴの Midwestern Conservatoryで音楽理論を徹底的に学びました。
又、同時期にはHenry Red Allen とJ.C. Higginbotham が双頭リーダーであったバンドにも参加していました。
更にシカゴでも有名なナイトクラブ「The Club De Lisa」で音楽ステージの編曲者として雇われました。
当時「The Club De Lisa」で歌っていたボーカリストはJoe Williamsでした。
Joe Williamsと「The Club De Lisa」に関しては添付のブログを参照してください。ここをクリックして下さい。
1950年代の終わり頃には、彼をリーダーとするグループが「シカゴBlueNote」のハウスバンドとして抜擢されました。
「シカゴBlueNote」ではElla FitzgeraldやSarah Vaughan そして Duke Ellingtonバンドと共演しました。
又、 “Johnny Pate at the Blue Note” (1956)というレコードも製作販売されました。(実況ライブではありません)

Here is Johnny Pate at the Blue Note play “What a Difference a Day Made”, “It Might as Well be Spring”,”I Surrender Dear”.
Johnny Pate(b), Floyd Morris(p),Wilbur Wynne(g)
Chicago, probably July 3-10,1956

Here is Count Basie with Joe Williams and Jimmy Rushing play “Going To Chicago”.

J.C.Higginbotham(6)

April 16.2017

During and after World War II, he played sometimes with Red Allen and sometimes with his own band.

Red Allen was one of the few trumpet players who could parry with Louis Armstrong in the same style.

Photo above of Henry ”Red” Allen Orchestra by courtesy of OKMusic

About Red Allen,please refer to this website.Go here

Also they were a participant in major occasions such as the Newport Festival.

Then he worked once again briefly in 1964 with Louis Armstrong.

He died on May 26, 1973 in New York.

Like many jazz musicians of his generation, Higginbotham was later associated with a “dixieland-style”.

So some jazz fans see him as a dixie style player.

He contributed as one of the swing trombone pioneers.

I hope his evaluation will be evaluated more than now.

JCとRed Allenは仲が良く長い間行動を共にしています。
Red AllenはLouis Armstrong 直系の奏者です。
Red Allenについては詳しいサイトを参照して下さい。こちらをクリック
JCは1973年5月26日、67歳でニューヨークにて永眠しました。
彼の晩年の演奏はディキシー奏者との共演が多かったことから、トロンボーン奏者として過小評価されていると思われます。
しかし、彼はスイングトロンボーンのパイオニアの一人です。
彼の評価が今よりももっと評価されることを願っています。

Here is Henry Red Allen J.C.Higginbotham play “House on “52nd Street”(1946).

Here is Art Ford Jazz Party with J.C.Higginbotham play “Running Wild”.
Charlie Shavers (tp) J.C.Higginbotham (tb) Pee Wee Russell (c1) Coleman Hawkins (ts) Willie”The Lion”Smith (p) Harry Sheppard (vib) Dick Thompson (g) Vinnie Burke (b) Sonny Greer (ds) Sep.25,1958

J.C.Higginbotham(5)

April 14.2017

Photo above of J.C.Higginbotham from Wikipedia

After leaving Fletcher Henderson Orchestra,J.C.Higginbotham joined Benny Carter band in Autumn 1933.

J.C.Higginbotham and Henry ‘Red’ Allen were a close friends from the early Russell days.

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Photo above of Mills Blue Rhythm Band. From left to right: George Washington, J. C. Higginbotham, Henry “Red” Allen, Wardell Jones and Shelton Hemphill from Wikipedia

So they joined the Mills Blue Rhythm Band (directed by Lucky Millinder) in 1934.

Then, in 1937, they both rejoined Russell, whose band at the time was fronted by Louis Armstrong.

He was playing a purely supportive role behind Armstrong from 1937 to 1940.

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Eventually he Joined Henry ‘Red’ Allen sextet (as co-leader) in December 1940 and worked regularly with Henry Allen until February 1947.

By the way there is evidence that JC ‘s solo performance was admired from others.

His coda of “Higginbotham Blues” was later developed into “Organ Grinder’s Swing” .

“Organ Grinder’s Swing” by Jimmie Lunceford had imitated the ending of “Higginbotham Blues.

”Please listen and compare “Organ Grinder’s Swing” with “the coda of Higginbotham Blues”

Jimmie_Lunceford_Orch

Photo above of Jimmie Lunceford Orchestra

Fletcher Henderson楽団を去った後、Benny Carter bandとも共演しました。
1934年、J.C.HigginbothamとHenly “Red” Allenは the Mills Blue Rhythm Band に参加しました。
1937年から1940年、Louis Armstrong楽団に加入しDeccaに名演奏を残しています。
1940年12月以降1947年2月までHenry ‘Red’ Allenと双頭バンドを結成しました。

彼の演奏が「如何に愛されていたか」についての事例があります。
“Higginbotham Blues”のソロ演奏は、後日”Organ Grinder’s Swing”の原曲になりました。
Jimmie Luncefordの “Organ Grinder’s Swing”と “Higginbotham Blues”のエンディングソロを聞き比べて下さい。

Here is The Mills Blue Rhythm Band play “Red Rhythm”.
Henry Allen, Wardell Jones, Shelton Hemphill (tp), possibly J. C. Higginbotham, George Washington (tb), Tab Smith, Gene Michaels (cl, as), Crawford Wethington, Joe Garland (reeds), Edgar Hayes (p), Lawrence Lucie (g), Elmer James (b), O’Neil Spencer (dm), Lucky Millinder (dir), George Washington(vo). May 20, 1936

Here is Louis Armstrong his Orchestra play “Something Tells Me “.
Louis Armstrong (tp, vo), Shelton Hemphill (tp), J. C. Higginbotham (tb), Rupert Cole (cl, as), Charlie Holmes (as), Bingie Madison (cl, ts), Luis Russell (p), Lee Blair (g), Red Callender (b), Paul Barbarin (dm)May 18, 1938

Here is Louis Armstrong and his Orchestra plays “On The Sunny Side Of The Street”.
Louis Armstrong (tp, vo), J. C. Higginbotham (tb), Charlie Holmes (as), Bingie Madison (cl, ts), Luis Russell (p), Lee Blair (g), Red Callender (b), Paul Barbarin (dm). Nov. 15, 1937

Here is J C Higginbotham and His Six Hicks play “Higginbotham Blues”.
Henry “Red” Allen (cnt), J.C. Higginbotham (tb,ldr) ,Charlie Holmes (as), Luis Russell (p) ,Will Johnson (bj,g), Pops Foster (b), Paul Barbarin (ds)
February 5, 1930

Here is Jimmie Lunceford Orchestra play “Organ Grinder’s Swing”.

Luis Russell(4)

April 06.2017

1929 was a big year for the Luis Russell Orchestra.

By 1929 Russell’s band had some musician such strong soloists as trombone J.C. Higginbotham and trumpeter Henry ‘Red’ Allen.

Photo above of J.C. Higginbotham

They recorded a dozen records that are considered some of the first and best examples of Swing music.

The band had a distinctive that combined the solos and drive of New Orleans jazz with the riffs and ensembles of swing.

Henry ‘Red’ Allen fronting Luis Russell’s Orchestra. L-R Jimmy Archey, Bill Coleman, Luis Russell, Bill Dillard, Will Johnson, Henry ‘Red’ Allen, Paul Barbarin, Albert Nicholas, ‘Pops’ Foster, Henry ‘Moon’ Jones and Greely. Photo from Ride, Red, Ride: The Life of Henry ‘Red’ Allen by John Chilton.

Some of these performances are now considered jazz classics.

Also the band started backing up Louis Armstrong on a few of his early orchestra recordings.

Luis Russell, piano, Paul Barbarin, drums, Pops Foster, bass, Lee Blair, guitar.
by courtesy of http://www.jazzhound.net © Mark Berresford

Then Louis Armstrong with the Luis Russell Orchestra had a long tour through the South.

That tour was the beginning of a lifelong friendship between Russell and Armstrong that never wavered.

Louis Armstrong took over the Luis Russell Orchestra for his rise to stardom.

So Luis Russell accomplished as the musical director for the next eight years.

1929年頃のバンドにはJ.C. Higginbotham やHenry ‘Red’ Allenといった強力なメンバーが在籍していました。バンドはニューオーリンズジャズのソロとドライブを基本にリフとアンサンブルを組み合わせた独特の特徴を持っていました。その後、Louis Armstrongのバックバンドとして活動していました。1935年、サッチモはLuis Russell Orchestraを傘下に収めました。
Luis Russellはサッチモを補佐し、その後8年間音楽監督を務めました。

Here is Luis Russell and His Orchestra play “Saratoga Shout”.

Here is Luis Russell Orchestra with Chris Bullock(vocal) play “Goin’ To Town” (1931).

Here is Luis Russell’s Orchestra with Henry Allen(vocal) play “You Rascal, You”. (1931)

Here is Luis Russell’s Orchestra with Chick Bullock(vocal) play “Say The Word” (1931).