タグ別アーカイブ: James P.Johnson

大阪ジャズ同好会第39回(2019年10月13日)「日本盤ヴィンテージ・シリーズの魅力」①

October 17,2019
担当 平野隆史

ビクターレコードはコロムビアレコードと並んでアメリカの二大レコード会社です。ジャズ史上に残る名演が「ヴィンテージ・シリーズ」に収録されています。1975年、日本ビクターがLP100枚からなる「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」というシリーズを販売しましたが貧乏学生にとって全100枚の購入は諦めざるを得ない状況でした。そんな時中古レコード店で「日本盤ヴィンテージ・シリーズ」の存在を知りました。ジャズの知識が乏しい小生には油井正一氏による詳細な解説は大変役に立ちました。(現在では「講釈師見て来たような…」と思われる表現もありますが!)
今回は録音年月日順に14枚(15曲)を解説文(一部抜粋)と共にご紹介させていただきます。尚、本ブログでは特集(1時間)を2回に分けて投稿致します。

1.「ジャック・ティーガーデン(Jack Teagarden)」
Here is Jack Teagarden with Roger Wolfe Kahn And His Orchestra play “She’s A Great, Great Girl”.
Roger Wolfe Kahn And His Orchestra:Jack Teagarden (tb) A Arthur Schutt (p) Eddie Lang (g)Roger Wolfe Kahn (dir) (他)New York, March 14, 1928

ジャック・ティーガーデン(1905-1964)はジャズ史上最初に現われた偉大なトロンボーン奏者であった。白人でありながらブルースの真髄を会得していた。彼の歌は彼のトロンボーン・スタイルとそっくりであった。ルイ・アームストロングとジャック・ティーガー デンによって、ジャズ・ヴォーカルの最高のものは器楽奏者によ って生みだされることが立証された。彼の歌とトロンボーンは、最初の数音をきいただけで「ジャックTだ!」とわかる個性をもっていた。その点ではアームストロ ング、ジョニー・ホッジス、ビックス・バイダーベックに比肩する強い個性をもっていた。J.J.ジョンソンが現われるまでティーガーデンはジャズ・トロ ンボーン界のアイドルであった。そのJ.J.でさえいっている。「真の巨人はジャック・ティーガーデンであった」と。

2.「ヴァレンタイン・ストンプ/ファッツ・ウォーラー」
Here isFats Waller plays “Valentine Stomp”.
Fats Waller(p-solo) Camden, N.J. August 2, 1929

40年ちかくまえの録音とは思えない卓抜な録音で、フ ァッツ・フォーラーの至芸がきかれる。ジェームス・P・ジョンソンを開拓者とする「ハーレム・ピアノ・スタイル」の伝統をうけついだ傑作であろう。これは音楽的にファッツ・ウォーラーのエッセンスといえる作品である。

Bennie Moten and His Orchestra (Count Basieが左端に座っています),Photo by Library.umkc.edu

3.「カンサス・シティのカウント・ベイシー」
Here is Bennie Moten and His Orchestra plat “Small black”.
Bennie Moten and His Orchestra:Ed Lewis, Booker Washington (cnt) Thamon Hayes (tb) Eddie Durham (v-tb,g,arr) Harlan Leonard (cl,sop,as) Jack Washington (cl,as,bar) Woody Walder (cl,ts) Count Basie (p,vcl) Ira “Buster” Moten (p,accor) Leroy “Buster” Berry (bj) Vernon Page (tu) Willie McWashington (ds) Bennie Moten (dir) Chicago, October 23, 1929

原盤解説の書き出しは、マーチン・ウィリアムスによって 次のように書き起こされてる。
1932年12月中旬、大不況のさなか、ベニー・モーテン楽団のメンバーが、ニュージャーシー州キャムデンのビクター吹込所にやってきた。(中略)ベニー・モーテン楽団のメンバーは皆空腹をかかえ、沈み切っていた。リード奏者エディ・ベアーフィールドはこの時の模様を次のように語っている。
「誰もが一文も金は持っていなかった。アーチーという小男が準備してくれた兎肉シチューと四切れのパンのおかげで、ともかく餓死はまぬがれ、吹きこみをすませた。(中略)吹きこみが終ると、すぐカンサスに帰った。」この日、バンドメンたちがそんな苦境にあったようなことを示す痕跡は全くみられない。 素晴らしい音楽。シンから楽しげな演奏。 だが1932年にこうした演奏に耳を傾ける人はほとんどいなかった。アメリカ全体が大不況の嵐に包まれ、ホット演奏は見向きもされなくなっていたのだった。

4.「キング・オリバー・イン・ニューヨーク」
Here is King Oliver and His Orchestra play “St,James Infirmary”.
King Oliver, Henry “Red” Allen, Bubber Miley (tp) Jimmy Archey (tb) Bobby Holmes (cl) Glyn Paque (cl,as) unknown (cl,as) Walter Wheeler (cl,ts) Don Frye (p) Arthur Taylor (bj) Jean Stultz (g) Clinton Walker (tu) unknown (chimes-1) Carroll Dickerson (dir,vln-2) Frank Marvin (vcl) New York, January 28, 1930


三年ほどまえ、浅草の天ぷら屋でドイツの評論家ベーレント氏と「いったいジャズ史上最も早くグルーブ表現を心掛けたリーダーは誰だろう?」といいあったことを思い出す。(中略)
そこでぼくがいった。「ぼくはキング・オリバーだと思う」
「そうかも知れんがあまりにもブリミティヴすぎる」と彼は答 えた。 ぼくは何故オリバーと思うかを説明した。 ニューオリーンズにいた頃既にオリバーは最高のトランペット奏者であり、ジャズ王とよばれたフレディ・ケバードを吹き負かして王座についた男である。その話を聞くとオリバーはケバード以上にふてぶてしいトランペット吹きにきこえるがそうではない。 彼が残したどのレコードをきいても彼のラッパだけが他の一切を支配しているようなものはなく、つねに抑制と調和を保ちアレンジの中にとけこんでいる。こういう考え方こそグルーブ表現の基本であり、それ故にばくはオリバーを買うんだ………というところでこの話題は終り天ぷらをパクついたわけである。

5.「ストンプ・アンド・ジョイ/ジェリー・ロール・モートン」
Here is Jelly-Roll Morton and his Red Hot Peppers play “Little Lawrence”.
Jelly-Roll Morton and his Red Hot PeppersJelly-Roll Morton(p,dir) Bubber Miley, Ward Pinkett(tp) Wilbur de Paris(tb) Lorenzo Tio Jr.(cl) Bernard Addison(g) unknown(bj) Bill Benford(tu) Tommy Benford(ds) New York, March 19, 1930


ジェリー・ロール・モートンは(1885-1941)、ジャズの発生期に現われた名ピアニストであり、作曲家であり、偉大なコンボ・リーダーであります。彼はビクター・レコードに不滅の傑作を残しましたが、(1) コンボ・リーダーとしては、デューク・エリントンに比すべき 「グループ表現」に徹し、 (2) ピアニストとしては、後年のジョン・ルイスに比すべき「ヨーロッパ的形式」と「ジャズ」との本能的な結合感をもち、 (3) 作曲家としては、ラグタイムやブルースの比類ない音楽形式を、その全作品に盛りこんだのでありました。 この知的で、華麗で、感動的な音楽がどんな基盤から発生したものかを、ご説明しておきたいと思います。

6.「30年代のでデューク・エリントン」
Here is Duke Ellington and His Orchestra play “Echoes of the Jungle”.
Duke Ellington and His Orchestra(The Jungle Band):Freddy Jenkins, Arthur Whetsol, Cootie Williams (tp) Joe Nanton, Juan Tizol (tb) Barney Bigard (cl,ts) Johnny Hodges (as,sop) Harry Carney (bar,cl,as) Duke Ellington (p) Fred Guy (bj) Wellman Braud (b) Sonny Greer (ds) New York, June 16,1931


ニューオリンズに始まり、シカゴに北上したジャズは、小編成ジャズである。ところがエリントンやヘンダーソンは、ニューヨ ークという大都会の、規模の大きい職場で、10人以上の大編成によるジャズを演奏せねばならなかった。たしかに、ソロの部分をはじめ、至るところに、ニューオリンズ・ジャズの影響はある。 しかし、編曲を必要としない小編成と、オーケストレーションを必要とする大編成ジャズとは、根本理念がちがうのである。(中略)
デューク・エリントン自身が語る、「ぼくの楽器はピアノではなく、わがオーケストラなのだ」という言葉の意味がわかってくる。 キング・オリヴァーやルイ・アームストロングがトランペットで、ジョニー・ドッズやジミー・ヌーンがクラリネットという楽器で創造したものを、デューク・エリントンは、10数人を擁する彼のオーケストラで創造したのである。
要約すれば、デューク・エリントンは新しい音楽形式の創造者 であり、その第1人者としての地位を40年にわたって保ち続けている偉大な存在なのである。

Helen Ward 1916-1998 And Benny Goodman Photograph by Everett

7.「ベニー・グッドマン/スモール・グループ」
Here is Benny Goodman Trio with Helen Ward play “All my life”.
Benny Goodman (cl) Teddy Wilson (p) Gene Krupa(ds) Helen Ward (vcl)
Chicago, April 24, 1936


文字通り、スイング時代の絶頂期をうつしだしたグッドマン・コンボ の傑作集である。
昭和10年にふとしたキッカケで、ジャズを熱愛しだした私にとって、これらの1曲1曲には、いいつくせぬ思い出がある。現在50才前後のオ ールド・ファンにとっても、思いは同じことであろう。当時のビクター・レコードは、SPながら音質のいいシェラック盤で あった。ところが戦争が近づくにつれ、材質は悪化し、このアルバムで いえば、《張り切りおやじ》あたりからは、ザラザラと針音のする盤を買わされることになった。SP盤のレーベルわきには(特)とか(T)とかいう 刻印が打たれ、そのシルシのあるものは皆かなりゆがんだ音にプレスされたことを思い出す。《君に泣く》に至っては、ジョン・カービーのベ ースが、ほとんどきこえなかった。
今あらためて、最高技術で復元されたこのアルバムに接すると、30年あまり前の1曲1曲についての思い出が、昨日のことのように脳裡によ みがえってくる。この16曲は戦前に1曲のこらず日本盤のSPで出たが、その大半は今回はじめてLP化されたものである。

Photo above of Mezz Mezzrow, James P. Johnson, Hughes Panassie, Tommy Ladnier at the Victor studios by courtesy of TEDDY BUNN(JAZZ LIVES)

8.「パナシェ・セッション」

Here is Weary Tommy Ladnier plays ”Weary Blues”.
Tommy Ladnier, Sidney DeParis (tp) Mezz Mezzrow (cl) James P. Johnson (p) Teddy Bunn (g) Elmer James (b) Zutty Singleton (ds) New York, November 21, 1938


ユーグ・パナシェ(製作者)による「レコーディングの思い出」(中略)
1938年10月私は数枚のレコーディングを企画してニューヨーク に赴いた。私が企画したのはニューオリンズ・スタイルのジャズだった。」(中略)ジャズ史学者の中には、1938年頃にはもはやニューオリンズ・ ジャズは骨董品になっていたという人がいる。だがこれは大間違で、今世紀のはじめ頃生まれた偉大なミュージシャンたちは、まだ40才にもなっていなかったのである。彼らは皆音楽的にも健在だった。ただ色んなバンドに散ってニューオリンズとは関係のないジャズをやっていたのである。
ニューオリンズ・ジャズの花形は何といってもトランペット奏者だ。トランペットの安定した力強いアンサンブル・リードなくしては、典型的なニューオリンズのフロント・ラインが出来あがらない。トランペット奏者の選択こそまっさきに手をつけるべきこととは思っていたが、意外にむずかしいことがわかってきた。偉大なルイ・アームストロングは勿論最適任者だが、専属会社がちがっていた。もう一人の偉大なニューオリンズ・スタイル・プレイアーはトミー・ラドニアだが、誰に聞いても居所がわからない。ある者はとうの昔に故人になったといい、ある者は精神病院に収容されているという。(中略)
ニューヨークに着いた直後の一週間、私はトミーの所在をたずねまわったが、とうとうみつけだすことができなかった。 他のメンバーはすぐ揃った。 しかしどうしても手がかりがない侭数日が過ぎた。トミー・ラ ドニアを入れずにレコーディングするのでは出来栄えが半減してしまう、ということが目に見えていたので私は録音を延期した。ある晩メズロウが、ハーレム中をトミーを探して歩いてみようと提案した。夜中に探索がはじまった。7番街の端から端まで、ハーレム中 に知己をもつメズロウは店をのぞきこんで「トミー・ラドニアが何処にいるか知っている人はいないかい?」とたずね歩いた。約一時間ほど経った時、玉突き屋から出てきた男がメズロウのそばにくると「トミー・ラドニアの居所を知ってるよ。この手紙を出しにゆくところだ」といって一通の手紙を差しだした。私はその手紙に数年前パリで会ったことのあるパナシェだが是非会いに来てくれないか? とつけたした。トミーはニューヨークからほど遠からぬニューバーグに住んでいた。 3日後トミー・ラドニアはメズ・メズロウの家を訪ねてきた。 ニューヨークの喧騒にたえかねて数年前に小都会に移住し、トリオをひきい、トランペットの個人指導をしながら平穏な生活を送っていたのだそうだ。
発狂説もあったし、精神病院へ入れられているという説もあっ たよ、というと彼は答えた。
「発狂? なるほどそうかもしれない。だけどまだ精神病院には 入れられてませんでしたな」
彼は吹きこみの話に大いに乗り気であった。11月21日、上記の メンバーで2曲が吹きこまれた。《さあはじめよう》と《レヴォ リューショナリー・ブルース》である。

(使用音源)
1.Jack Teadarden(VRA-5019)
2.Fats Waller/Valentine Stomp(VRA-5020)
3.Count Basie/Count Basie n Kansas City(VRA-5008)
4.King Oliver/King Oliver in New York(VRA-5016)
5.Jerry Roll Morton/Stomp and Joys(VRA-5006)
6.Duke Ellington/Daybreak Express(VRA-5002)
7.Benny Goodman/The Small Groups(VRA-5026)
8.The Panassie sessions(VRA-5015)

以上

神戸ジャズサロン2月(2019年)「オルガンの名演・好演・お気に入りの盤」①

February 25.2019

昨日、神戸ジャズサロン(神戸ジャズ愛好会と会員は同じ)に参加しました。 今回のテーマ 「オルガンの名演・好演・お気に入りの盤」には8人の会員がお気に入りの録音盤を持ち寄りました。今回は4人がご紹介された演奏家(8人)をお楽しみ下さい。

・Y瀬氏


Jimmy Smith

以下、レジュメに記載されたコメントを転載させて頂きました。
「昭和29年(1954年)、貧乏学生が、小遣いを貯めて三宮センター街のヤマハで初めて買った 12インチLPが、初めて聴いたジミー・スミスでした。初期と晩年から各1曲。 」

1曲目は「Jimmy Smith At The Organ,Vol 3(BlueNote BLP1525)」から”Willow Weep For Me”を選曲されました。

ブログでは1962年パリのライブ映像を添付します。
Here is Jimmy Smith Trio play ”Willow Weep For Me”.
Jimmy Smith(organ); Roy Montrell(g); Donald Bailey(ds)

Photo above of Nicholas Payton by courtesy of The New York Times

Here is Jimmy Smith and Nicholas Payton play ”Days of Wine and Roses”.
Jimmy Smith(Organ),Nicholas Payton (Trumpet) New York, January 25 & 26, 1995

・T川氏


Fats Waller

Here is Louisiana Sugar Babes play ”Willow tree”.
Jabbo Smith (cnt) Garvin Bushell (cl,as,bassoon) James P. Johnson (p) Fats Waller (org) N.J., March 27, 1928

当日はFats Wallerの演奏として上記1曲だけをご紹介されましたが、ブログ作成者より1曲追加させて頂きます。

Here is Louisiana Sugar Babes play ”Thou Swell”.
Members of the recording are the same as above.

Marvin Ash
「Have A Good Time With Big George Bruns」というCDから2曲”When you’re smiling”,”Where has the melody gone ?”を紹介されました。
Dick Cary (tp) George Bruns (tb) Dick Anderson (cl) Marvin Ash (org) Allen Reuss (g) Jess Bourgeois (b) Irv Cottler (d) California, prob. mid-1960’s

残念ですが上記2曲は本ブログでは提供できません。

Photo above of René Rooimans(in the middle) by courtesy of Deskgram

René Rooimans

Rik van den Bergh(as)の「Swingmatism (1999年)」から”Hard time”をご紹介されました。

Rik van den Bergh(as),Raymond Nijenhuis(g) ,René Rooimans(org),Erik Kooger(ds)
Miscellaneous Music MR5030

上記CDに関しては下記のサイトにおいて試聴可能です。

こちら ▶️

・F川氏

Photo above of René Rooimans(in the middle) by courtesy of Deskgram

Joey DeFrancesco

Here is Count Basie Orchestra with Joey DeFrancesco play “April in Paris”.

Here is Count Basie Orchestra with Joey DeFrancesco play “April in Paris”.

Richard “Groove” Holmes

本CDの詳細についてはこちら ▶️

上記CDから2曲”Just one of those things”,”Killer Joe”をご紹介されましたが、今回はプロモート用に制作されたYouTube映像でご容赦下さい。

Here is Richard “Groove” Holmes play “Swedish Lullaby”.

又、昨年JazzWaxさんがRichard “Groove” Holmesについて投稿されています。

こちら ▶️

・T見氏

例会ではいつもカラー印刷されたレジュメを別途配付されています。今回も当日配付されたレジュメをブログの末尾に添付致しました。

Photo above of Reuben Wilson by courtesy of All About Jazz

Reuben Wilson

Here is Reuben Wilson Quatet play ”Blues for McDuff”.

Melvin Butler (ts) Reuben Wilson (org) Grant Green, Jr. (g) Bernard “Pretty” Purdie (d) New York, 2001

photo above of Gene Ludwig by Wikipedia

Gene Ludwig

当日、Jimmy Ponderがリーダーとなった「What’s New」から”God bless the child”をご紹介されましたが都合により本ブログでは提供出来ません。

代替曲として、Gene Ludwigのコンサート映像を添付致します。

Here is Gene Ludwig Organ Trio play “Duff’s Blues”.(親友のJack McDuffジャック・マクダフに捧げた曲)

Gene Ludwig(Hammond organ), Dave Stryker(g), Vince Ector(ds)October 23, 2009

The initial story of Oscar Peterson(3)

May 31.2017

Photo above of Peterson with Russ Dufort(ds) and Armand Samson(g) by courtesy of
Concordia University

Photo above of Art Tatum by courtesy of 100piano.com

In his early days Peterson was influenced by Teddy Wilson, James P. Johnson and Art Tatum.

In particular, there is an interesting story about receiving his shock by Art Tatum’s recordings.

When his father played him Art Tatum’s “Tiger Rag”,he locked himself in his room and did not touch the piano for more than a week.

He talks about his situation at that time.

”I figured it was hopeless to practice. My mother and friends of mine persuaded me

to get back to it, but I’ve had the greatest respect for Art from then on.”

Photo above of James P. Johnson by courtesy of NPR

Photo above of Teddy Wilson by OKMusic

He was in his late teens and already an experienced professional musician.

Since 1942 he had been playing regularly with the Johnny Holmes Orchestra.

Photo above of Oscar Peterson and Johnny Holmes by courtesy vehiculepress.com

Then he left the orchestra in 1947 and began a residency at the Alberta Lounge, a club near Windsor Station.

He soon developed a reputation as a technically brilliant and melodically inventive jazz pianist for two years.

So he won a radio talent contest on Canada’s national network, the CBC in 1949.

As a result he became a regular performer on Canadian radio.

Oscar Peterson had a regular gig at Montreal’s Alberta Lounge.

デビュー前にOscar Peterson に影響を与えたピアニストとしては Teddy Wilson,とJames P. Johnson そしてArt Tatumが挙げられます。
彼が初めてArt Tatumの演奏を聞いた時、強い衝撃を受けたという興味深い話があります。
父親がArt Tatumの「Tiger Rag」のレコードを彼に聞かせた時のことです。
彼は自分の部屋に鍵を掛けて閉じこもり1週間以上ピアノを弾かなかった。

その時の状況について話しています。

「いくら練習なんかしても無駄だと思いました。母と友人達は私が部屋から出るように説得しました。その時以降、Art Tarumに対してはずっと尊敬の念を持ち続けています。」

そのようなことがあっても10代後半には、経験豊富なプロのミュージシャンに育っていました。
1942年以降はJohnny Holmes Orchestraに加入し定期的に演奏していました。
1947年に楽団を退団し、ウィンザー駅の近くにあったAlberta Loungeで本格的なジャズ演奏を始めました。
2年間のクラブ演奏で彼はジャズピアニストとしての礎を築きましたいた。
1949年にカナダ全土でネットワークしているCBCラジオによるピアノコンテストで受賞し、ジャズ番組のレギュラーの地位を獲得するような演奏家になりました。

Here is Art Tatum plays “Tiger Rag”.

Here is Oscar peterson plays “Cakewalk (Noreen’s Nocturne)”.

Here is Oscar Peterson Trio play “Tenderly”.
Oscar Peterson (p), Herb Ellis (g), Ray Brown (b) in Brussels, Belgium 1957

Maybeck Recital Hall series of Concord Records(1)

Unknown

In 1972 Concord Records was established by Carl Jefferson who was a local automobile dealer and jazz fan.

Since then, the label won 88 Grammy Award nominations and 14 Grammy Awards.

This week I want to post Maybeck Recital Hall series of Concord Records.

From 1920s into 1930’s, solo piano recitals were held by legend pianists.

James P. Johnson, Earl ‘Fatha’ Hines, Thomas ‘Fats’ Waller and Teddy Wilson.

Art Tatum was the epitome of Jazz solo piano.

Erroll Garner, Nat Cole, Lennie Tristano, George Shearing and Oscar Peterson continued the tradition of solo piano into the modern jazz era.

The Concord Jazz, Maybeck Recital Hall series stands out as somewhat of an anomaly.

Unfortunately over the second half of the 20th century, solo Jazz piano became something of a lost art with fewer except Keith Jarrett live recording.