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大阪ジャズ同好会第39回(2019年10月13日)「日本盤ヴィンテージ・シリーズの魅力」①

October 17,2019
担当 平野隆史

ビクターレコードはコロムビアレコードと並んでアメリカの二大レコード会社です。ジャズ史上に残る名演が「ヴィンテージ・シリーズ」に収録されています。1975年、日本ビクターがLP100枚からなる「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」というシリーズを販売しましたが貧乏学生にとって全100枚の購入は諦めざるを得ない状況でした。そんな時中古レコード店で「日本盤ヴィンテージ・シリーズ」の存在を知りました。ジャズの知識が乏しい小生には油井正一氏による詳細な解説は大変役に立ちました。(現在では「講釈師見て来たような…」と思われる表現もありますが!)
今回は録音年月日順に14枚(15曲)を解説文(一部抜粋)と共にご紹介させていただきます。尚、本ブログでは特集(1時間)を2回に分けて投稿致します。

1.「ジャック・ティーガーデン(Jack Teagarden)」
Here is Jack Teagarden with Roger Wolfe Kahn And His Orchestra play “She’s A Great, Great Girl”.
Roger Wolfe Kahn And His Orchestra:Jack Teagarden (tb) A Arthur Schutt (p) Eddie Lang (g)Roger Wolfe Kahn (dir) (他)New York, March 14, 1928

ジャック・ティーガーデン(1905-1964)はジャズ史上最初に現われた偉大なトロンボーン奏者であった。白人でありながらブルースの真髄を会得していた。彼の歌は彼のトロンボーン・スタイルとそっくりであった。ルイ・アームストロングとジャック・ティーガー デンによって、ジャズ・ヴォーカルの最高のものは器楽奏者によ って生みだされることが立証された。彼の歌とトロンボーンは、最初の数音をきいただけで「ジャックTだ!」とわかる個性をもっていた。その点ではアームストロ ング、ジョニー・ホッジス、ビックス・バイダーベックに比肩する強い個性をもっていた。J.J.ジョンソンが現われるまでティーガーデンはジャズ・トロ ンボーン界のアイドルであった。そのJ.J.でさえいっている。「真の巨人はジャック・ティーガーデンであった」と。

2.「ヴァレンタイン・ストンプ/ファッツ・ウォーラー」
Here isFats Waller plays “Valentine Stomp”.
Fats Waller(p-solo) Camden, N.J. August 2, 1929

40年ちかくまえの録音とは思えない卓抜な録音で、フ ァッツ・フォーラーの至芸がきかれる。ジェームス・P・ジョンソンを開拓者とする「ハーレム・ピアノ・スタイル」の伝統をうけついだ傑作であろう。これは音楽的にファッツ・ウォーラーのエッセンスといえる作品である。

Bennie Moten and His Orchestra (Count Basieが左端に座っています),Photo by Library.umkc.edu

3.「カンサス・シティのカウント・ベイシー」
Here is Bennie Moten and His Orchestra plat “Small black”.
Bennie Moten and His Orchestra:Ed Lewis, Booker Washington (cnt) Thamon Hayes (tb) Eddie Durham (v-tb,g,arr) Harlan Leonard (cl,sop,as) Jack Washington (cl,as,bar) Woody Walder (cl,ts) Count Basie (p,vcl) Ira “Buster” Moten (p,accor) Leroy “Buster” Berry (bj) Vernon Page (tu) Willie McWashington (ds) Bennie Moten (dir) Chicago, October 23, 1929

原盤解説の書き出しは、マーチン・ウィリアムスによって 次のように書き起こされてる。
1932年12月中旬、大不況のさなか、ベニー・モーテン楽団のメンバーが、ニュージャーシー州キャムデンのビクター吹込所にやってきた。(中略)ベニー・モーテン楽団のメンバーは皆空腹をかかえ、沈み切っていた。リード奏者エディ・ベアーフィールドはこの時の模様を次のように語っている。
「誰もが一文も金は持っていなかった。アーチーという小男が準備してくれた兎肉シチューと四切れのパンのおかげで、ともかく餓死はまぬがれ、吹きこみをすませた。(中略)吹きこみが終ると、すぐカンサスに帰った。」この日、バンドメンたちがそんな苦境にあったようなことを示す痕跡は全くみられない。 素晴らしい音楽。シンから楽しげな演奏。 だが1932年にこうした演奏に耳を傾ける人はほとんどいなかった。アメリカ全体が大不況の嵐に包まれ、ホット演奏は見向きもされなくなっていたのだった。

4.「キング・オリバー・イン・ニューヨーク」
Here is King Oliver and His Orchestra play “St,James Infirmary”.
King Oliver, Henry “Red” Allen, Bubber Miley (tp) Jimmy Archey (tb) Bobby Holmes (cl) Glyn Paque (cl,as) unknown (cl,as) Walter Wheeler (cl,ts) Don Frye (p) Arthur Taylor (bj) Jean Stultz (g) Clinton Walker (tu) unknown (chimes-1) Carroll Dickerson (dir,vln-2) Frank Marvin (vcl) New York, January 28, 1930


三年ほどまえ、浅草の天ぷら屋でドイツの評論家ベーレント氏と「いったいジャズ史上最も早くグルーブ表現を心掛けたリーダーは誰だろう?」といいあったことを思い出す。(中略)
そこでぼくがいった。「ぼくはキング・オリバーだと思う」
「そうかも知れんがあまりにもブリミティヴすぎる」と彼は答 えた。 ぼくは何故オリバーと思うかを説明した。 ニューオリーンズにいた頃既にオリバーは最高のトランペット奏者であり、ジャズ王とよばれたフレディ・ケバードを吹き負かして王座についた男である。その話を聞くとオリバーはケバード以上にふてぶてしいトランペット吹きにきこえるがそうではない。 彼が残したどのレコードをきいても彼のラッパだけが他の一切を支配しているようなものはなく、つねに抑制と調和を保ちアレンジの中にとけこんでいる。こういう考え方こそグルーブ表現の基本であり、それ故にばくはオリバーを買うんだ………というところでこの話題は終り天ぷらをパクついたわけである。

5.「ストンプ・アンド・ジョイ/ジェリー・ロール・モートン」
Here is Jelly-Roll Morton and his Red Hot Peppers play “Little Lawrence”.
Jelly-Roll Morton and his Red Hot PeppersJelly-Roll Morton(p,dir) Bubber Miley, Ward Pinkett(tp) Wilbur de Paris(tb) Lorenzo Tio Jr.(cl) Bernard Addison(g) unknown(bj) Bill Benford(tu) Tommy Benford(ds) New York, March 19, 1930


ジェリー・ロール・モートンは(1885-1941)、ジャズの発生期に現われた名ピアニストであり、作曲家であり、偉大なコンボ・リーダーであります。彼はビクター・レコードに不滅の傑作を残しましたが、(1) コンボ・リーダーとしては、デューク・エリントンに比すべき 「グループ表現」に徹し、 (2) ピアニストとしては、後年のジョン・ルイスに比すべき「ヨーロッパ的形式」と「ジャズ」との本能的な結合感をもち、 (3) 作曲家としては、ラグタイムやブルースの比類ない音楽形式を、その全作品に盛りこんだのでありました。 この知的で、華麗で、感動的な音楽がどんな基盤から発生したものかを、ご説明しておきたいと思います。

6.「30年代のでデューク・エリントン」
Here is Duke Ellington and His Orchestra play “Echoes of the Jungle”.
Duke Ellington and His Orchestra(The Jungle Band):Freddy Jenkins, Arthur Whetsol, Cootie Williams (tp) Joe Nanton, Juan Tizol (tb) Barney Bigard (cl,ts) Johnny Hodges (as,sop) Harry Carney (bar,cl,as) Duke Ellington (p) Fred Guy (bj) Wellman Braud (b) Sonny Greer (ds) New York, June 16,1931


ニューオリンズに始まり、シカゴに北上したジャズは、小編成ジャズである。ところがエリントンやヘンダーソンは、ニューヨ ークという大都会の、規模の大きい職場で、10人以上の大編成によるジャズを演奏せねばならなかった。たしかに、ソロの部分をはじめ、至るところに、ニューオリンズ・ジャズの影響はある。 しかし、編曲を必要としない小編成と、オーケストレーションを必要とする大編成ジャズとは、根本理念がちがうのである。(中略)
デューク・エリントン自身が語る、「ぼくの楽器はピアノではなく、わがオーケストラなのだ」という言葉の意味がわかってくる。 キング・オリヴァーやルイ・アームストロングがトランペットで、ジョニー・ドッズやジミー・ヌーンがクラリネットという楽器で創造したものを、デューク・エリントンは、10数人を擁する彼のオーケストラで創造したのである。
要約すれば、デューク・エリントンは新しい音楽形式の創造者 であり、その第1人者としての地位を40年にわたって保ち続けている偉大な存在なのである。

Helen Ward 1916-1998 And Benny Goodman Photograph by Everett

7.「ベニー・グッドマン/スモール・グループ」
Here is Benny Goodman Trio with Helen Ward play “All my life”.
Benny Goodman (cl) Teddy Wilson (p) Gene Krupa(ds) Helen Ward (vcl)
Chicago, April 24, 1936


文字通り、スイング時代の絶頂期をうつしだしたグッドマン・コンボ の傑作集である。
昭和10年にふとしたキッカケで、ジャズを熱愛しだした私にとって、これらの1曲1曲には、いいつくせぬ思い出がある。現在50才前後のオ ールド・ファンにとっても、思いは同じことであろう。当時のビクター・レコードは、SPながら音質のいいシェラック盤で あった。ところが戦争が近づくにつれ、材質は悪化し、このアルバムで いえば、《張り切りおやじ》あたりからは、ザラザラと針音のする盤を買わされることになった。SP盤のレーベルわきには(特)とか(T)とかいう 刻印が打たれ、そのシルシのあるものは皆かなりゆがんだ音にプレスされたことを思い出す。《君に泣く》に至っては、ジョン・カービーのベ ースが、ほとんどきこえなかった。
今あらためて、最高技術で復元されたこのアルバムに接すると、30年あまり前の1曲1曲についての思い出が、昨日のことのように脳裡によ みがえってくる。この16曲は戦前に1曲のこらず日本盤のSPで出たが、その大半は今回はじめてLP化されたものである。

Photo above of Mezz Mezzrow, James P. Johnson, Hughes Panassie, Tommy Ladnier at the Victor studios by courtesy of TEDDY BUNN(JAZZ LIVES)

8.「パナシェ・セッション」

Here is Weary Tommy Ladnier plays ”Weary Blues”.
Tommy Ladnier, Sidney DeParis (tp) Mezz Mezzrow (cl) James P. Johnson (p) Teddy Bunn (g) Elmer James (b) Zutty Singleton (ds) New York, November 21, 1938


ユーグ・パナシェ(製作者)による「レコーディングの思い出」(中略)
1938年10月私は数枚のレコーディングを企画してニューヨーク に赴いた。私が企画したのはニューオリンズ・スタイルのジャズだった。」(中略)ジャズ史学者の中には、1938年頃にはもはやニューオリンズ・ ジャズは骨董品になっていたという人がいる。だがこれは大間違で、今世紀のはじめ頃生まれた偉大なミュージシャンたちは、まだ40才にもなっていなかったのである。彼らは皆音楽的にも健在だった。ただ色んなバンドに散ってニューオリンズとは関係のないジャズをやっていたのである。
ニューオリンズ・ジャズの花形は何といってもトランペット奏者だ。トランペットの安定した力強いアンサンブル・リードなくしては、典型的なニューオリンズのフロント・ラインが出来あがらない。トランペット奏者の選択こそまっさきに手をつけるべきこととは思っていたが、意外にむずかしいことがわかってきた。偉大なルイ・アームストロングは勿論最適任者だが、専属会社がちがっていた。もう一人の偉大なニューオリンズ・スタイル・プレイアーはトミー・ラドニアだが、誰に聞いても居所がわからない。ある者はとうの昔に故人になったといい、ある者は精神病院に収容されているという。(中略)
ニューヨークに着いた直後の一週間、私はトミーの所在をたずねまわったが、とうとうみつけだすことができなかった。 他のメンバーはすぐ揃った。 しかしどうしても手がかりがない侭数日が過ぎた。トミー・ラ ドニアを入れずにレコーディングするのでは出来栄えが半減してしまう、ということが目に見えていたので私は録音を延期した。ある晩メズロウが、ハーレム中をトミーを探して歩いてみようと提案した。夜中に探索がはじまった。7番街の端から端まで、ハーレム中 に知己をもつメズロウは店をのぞきこんで「トミー・ラドニアが何処にいるか知っている人はいないかい?」とたずね歩いた。約一時間ほど経った時、玉突き屋から出てきた男がメズロウのそばにくると「トミー・ラドニアの居所を知ってるよ。この手紙を出しにゆくところだ」といって一通の手紙を差しだした。私はその手紙に数年前パリで会ったことのあるパナシェだが是非会いに来てくれないか? とつけたした。トミーはニューヨークからほど遠からぬニューバーグに住んでいた。 3日後トミー・ラドニアはメズ・メズロウの家を訪ねてきた。 ニューヨークの喧騒にたえかねて数年前に小都会に移住し、トリオをひきい、トランペットの個人指導をしながら平穏な生活を送っていたのだそうだ。
発狂説もあったし、精神病院へ入れられているという説もあっ たよ、というと彼は答えた。
「発狂? なるほどそうかもしれない。だけどまだ精神病院には 入れられてませんでしたな」
彼は吹きこみの話に大いに乗り気であった。11月21日、上記の メンバーで2曲が吹きこまれた。《さあはじめよう》と《レヴォ リューショナリー・ブルース》である。

(使用音源)
1.Jack Teadarden(VRA-5019)
2.Fats Waller/Valentine Stomp(VRA-5020)
3.Count Basie/Count Basie n Kansas City(VRA-5008)
4.King Oliver/King Oliver in New York(VRA-5016)
5.Jerry Roll Morton/Stomp and Joys(VRA-5006)
6.Duke Ellington/Daybreak Express(VRA-5002)
7.Benny Goodman/The Small Groups(VRA-5026)
8.The Panassie sessions(VRA-5015)

以上

『ホーキンス派の巨人~レオン・チュー・ベリー』

April 30.2018

Photo by Pinterst

大阪ジャズ同好会例会2016年10月例会
特集「『ホーキンス派の巨人~レオン・チュー・ベリー』解説  寺本泰規氏(同好会世話人)

はじめに 今月の特集は皆さんにとってあまりなじみがないと思われる人を取り上げました。テナーサックスの父と呼ば るコールマン・ホーキンスに比べて1941年に31才で事故死したためレコーディングもそれほど多くはなく、リ ーダー録音は2つしかありません。録音の多くはビッグバンドやコンボのサイドメンとしてのものでしたが、数々の印象的なソロを演奏して当時のジャズファンをうならせただけではなく、現在においても熱心なファンの間 で語り継がれています。
さて彼の生涯については資料としてプリントしてありますのでそちらを見ていただくことにして、早速その演 奏を聴いていただくことにしましょう。彼の演奏の特徴はホーキンスやべンのようにヴィブラートやアクセント をあまり効かせず、スムーズなフレーズを止めどなく聴かせることにあります。

それではまず最初に最も初期の演奏としてスパイク・ヒューズ楽団での演奏を聴いてみましょう。ソロはディ ッキー・ウェルズ、ベニー・カーター、チュー・ベリー、ホーキンス、ベニー・カーター、ヘンリー・レッド・ アレンです。
1.「Music at Midnight」(May 18,1933)(2:43)
SPIKE HUGHES AND HIS ALL AMERICAN ORCHESTRA
Henry Red Allen, Leonard Davis, Bill Dillard(tp) Dicky Well, Wilbur De Paris, George Washington(tb) Benny Carter(as, cl) Wayman Carver(as,fl) Howard Johnson(as) Coleman Hawkins, Chu Berry(ts) Luis Russell(p) Lawrence Lucie(g) Ernest Hill(b) Sidney Catlett(ds) Spike Hughes(dir,arr)

 

ホーキンスとの違いがおわかりになったでしょうか?よく似てはいますが、彼の独自性が感じられる演奏だと思 います。次にブルースの女王ベッシー・スミスの伴奏者としてのソロを聴いていただきましょう。彼は結構ヴォ ーカルの伴奏者としてレコーディングがあり、このセッションはその最も初期のものです。
2.「Do Your Duty」(NYC, Nov 24,1933)(3:31)
BESSIE SMITH – ORCHESTRA ACC. BY BUCK AND HIS BAND
Frankie Newton(tp) Jack Teagarden(tb) poss.Benny Goodman(cl) Chu Berry(ts) Buck Washington(p) Bobby Johnson(g) Billy Taylor(b) Bessie Smith(vcl)

 

次の演奏は臨時編成された白黒混合バンドで、スイング時代の名手達が顔をそろえた演奏としても有名です。 特にベリガンの参加は貴重です。
3.「Blues In E Flat」(Jan 25,1935)(3:03)
RED NORVO AND HIS SWING OCTET
Bunny Berigan(tp) Jack Jenny(tb) Jphnny lince(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) George Van Eps(g) Artie Bernstein(b) Gene Krupa(ds) Red Norvo(xyl)

 

次はピアニストでもあり歌手でもあるPUTNEY DANDRIDGEとの共演です。ここでのソロはくつろぎに満ちたもの となっています。
4.「Chasing Shadows」(NYC, June 25,1935)(2:40)
PUTNEY DANDRIDGE AND HIS ORCHESTRA
Roy Eldridge(tp) Chu Berry(ts) Putney Dandridge(p-2, vcl) Harry Grey(p-1) Nappy Lamare(a) Artie Bernstein(b) Bill Beason(ds)

 

1935年暮れにフレッチャー・ヘンダーソン楽団に入団した彼は30曲あまり吹き込みますが、その中からべニー ・グッドマンの演奏でも有名な「Stealin’ Apples」です。
5.「Stealin’ Apples」(Chicago, lar 27,1936)(2:58)
FLETCHER HENDERSON AND HIS ORCHESTRA
Dick Vance(tp,arr) Joe Thomas, Roy Eldridge(tp) Fernando Arbello, Ed Cuffee(tb),Chu Berry(ts) Buster Balley(cl,as) Scoops Carey(as) Elmer Fletcher Henderson(p-1, arr) Horace Henderson(p-2,arr) Bob Lessey(g)John Kirby(b) Sid Catlett(ds)

 

Roy Eldridge and Chu Berry – September 1935 by coutesey of Christopher Swing & Beyond

名演「Bluet In C Sharp Minor」と同じ日に録音された、日本でもおなじみの「メリーさんの羊」を聴いてください。唄はロイ・エルドリッジです。
6,「Mary Had A Little Lamb」(Chicago.May 14,1936)(2:57)
TEDDY WILSON AND HIS ORCHESTRA
Roy Eldridge(tp,vcl) Buster Bailey(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) Bob Lessey(g) Israel Crosby(b) Sid Catlett(ds)

 

1938年1月6日に録音されたビリー・ホリディのセッションではテナーがレスターヤングでしたが、それに先立 つ3週間前にテディ・ウィルソン以外異なるメンバーでこの曲が吹き込まれましたが、長い間未発表でした。レスターのものと比較して聴いてみるのもおもしろいと思います。
7.「When You’re Smiling」(NYC, Dec 17,1937) (2:58)
TEDDY WILSON AND HIS ORCHESTRA
Hot Lips Page(tp) Pee Mee Russell(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) Allen Reuss(g) unknown(b)unknown(ds)

 

今度のセッションはチュー・べリーだけではなく、ミルドレッド・べイリーの決定的名唱としても知られるもの です。別テイクも聴いてみると、ソロの出来はオリジナルテイクに分があるように思います。チュー・べリーだけ ではなく、ハンク・ダミコや特にデーブ・タフのドラミングにも注目して欲しいと思います。
8.「Lover Come Back To Me」(NYC, Jan 10,1938)(3:18)
MILDRED BAILEY AND HER ORCHESTRA
Jimmy Blake(tp) Hank D’Amico(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) Allen Reuss(g) Pete Peterson(b) Dave Tough(ds) Mildred Bailey(vcl) Eddie Sauter(arr)

「Lover Come Back To Me」別テイク

Photo by mibandamemata

次の演奏はラジオ放送を収めたもので、司会者がソロイストを次々と紹介しながら演奏が続いていくところな どは正に臨場感あふれるものとなっています。
9.「Someday Sweetheart」(NYC, Jan 20,1939)(4:45)
Harry James, Charlie Teagarden(tp) Jack Teagarden(tb,vcl) Joe Marsala(cl) Chu Berry(ts) Teddy Wilson(p) John Kirby(b) George Wettling(ds)(Broadcast from the Hickory House)

Photo courtesy by Visual discography of Billie Holiday

彼はビリー・ホリディと何回かセッションを共にしていますが、この演奏はその一つです。レスター・ヤングとの共演はあまりにも有名ですが、今となってはこのセッションも貴重というべきでしょう。
10.「That’s All Ask Of You」(Jan 20,1939) (2:59)
BILLIE HOLIDAY AND HER ORCHESTRA
Charlie Shavers(tp) Tyree Glenn(tb) Chu Berry(ts) Sonny White(p) AI Casey(g) Johnny Williams(b) Cozy Cole(ds) Bille Holiday(vcl)

彼は生涯に一度だけカウント・ベイシー楽団と共演していますが、その演奏が次の曲です。レスター・ヤング と共演した唯一の演奏です。レスターとの違いを味わってください。いつもの豪快さは影を潜め、おとなしめのソロとなっています。
11.「Oh Lady Be Good」(Feb 4,1939)(3:09)
COUNT BASIE AND HIS ORCHESTRA
Ed Lewis, Shad Collins(tp) Buck Clayton(tp, arr) Harry Edison(tp) Bennie Morton, Dicky Wells. Dan Minor(tb) Earle Warren(as) Lester Young, Chu Berry(ts) Jack Washington(as, bari) Count Basie(p) Freddie Green(g) Walter Page(b) Jo Jones(ds)

 

スイング時代 には三つの代表的なセッションがありました。ライオネンル・ハンプトンをリーダーとするビクター・セッショ ンとミルドレッド・ベイリーをリーダーとしたコロンビアのセッション、最後はテディ・ウィルソンをリーダーとするブランズウィック・セッション(ビリーホリディ名義のものを含む)です。この演奏はハ ンプトンのセッションの一つで、曲の最初から最後までブロウし続けるチュー・ベリーのソロは正に聞き物です。
12.「Sweethearts On Parade」(NYC, Apr 5,1939)(3:02)
LIONEL HAMPTON AND HIS ORCHESTRA
Chu Berry(ts) Lional Hampton(vib, vcl) Clyde Hart(p) Allan Ruess(g) Milt Hinton(b)Cozy Cole(ds)

キャブ・キャロウェイ楽団におけるバラードの名演といえば真っ先に上げられるのが次の演奏でしょう。情感 にあふれた彼のバラードプレイは聴く者の胸を打ちます。
13.「A Ghost Of A Chance」(Chicago,June 27,1940)(2:56)
CAB CALLOWAY AND HIS ORCHESTRA
Mario Bauza, Dizzy Gillespie, Lammer “right(tp) Tyree Glenn(tb,vib) Quentin Jackson, Key Johnson(tb) Chu Berry, Walter Thomas(ts) Benny Payne(p) Danny Barker(g) Milt Hinton(b) Cozy Cole(ds) Cab Calloway(vcl) Benny Carter, Andy Gibson, Edgar Battle, Don Redman(arr)

 

Photo by Discogs

2回目(最後)の彼のリーダー・セッションからジャズのスタンダードである「明るい表通りで」を演奏します。 ジョニー・ホッジスを始めとした数々の名演と比べても、決して見劣りすることがないプレイだと思うのですが 皆さんはどう感じられましたでしょうか。
14.「On The Sunnyside Of The Street」(NYC, Aug 28,1941)(3:56)
CHU BERRY AND HIS JAZZ ENSEMBLE
Hot Lips Page(tp) Chu Berry(ts) Clyde Hart(p) AI Casey(g) AL Morgan(b) Harry Yaeger(ds)

さて彼の演奏は如何だったでしょうか。有名なビッグバンドに在籍中の演奏はかなり残っているのですが、そ の他の演奏はリーダーセッションが2回しかないのと、コンボでの演奏が細切れに散在しているため、彼の演奏 を聴くには多大な努力が必要です。そのためコールマン・ホーキンスやベン・ウェブスターに比べ過小評価される のはやむを得ないと思いますが、その演奏をつぶさに聴くと彼の演奏の素晴らしさがわかっていただけると信じ ています。今回の特集がチュー・ベリーに対する皆さんの再評価につながれば良いなあと思います。

Bob Wilber(4)

September 16.2017

Photo above of Sidney Bechet & Bob Wilber’s Wildcats by courtesy of Riverwalk Jazz-Stanford University Libraries

Photo by National Museum of American History, Kenneth E. Behring Center

On 28 April,1949, Bob Wilber and His Jazz Band recorded six tunes on Circle Records.

In Boston from 1948 to 1951, Bob Wilber led a group of veteran jazzmen at the Savoy Cafe.

Then he played at George Wein’s Storyville as a headliner with the De Paris brothers(Sidney De Paris and Wilbur de Paris) and Sid Catlett.

Photo above of Lennie Tristano

Photo above of Benny Goodman and Bob Wilber by courtesy of Hank O’Neal’s Jazz Portraits

In 1951 he studied with cool jazz, bebop and Avant-garde pianist Lennie Tristano.

From the late 1950s through the 60s, Bob Wilber played and recorded with Bobby Hackett, Benny Goodman, Sidney Bechet, Jack Teagarden and Eddie Condon.

In 1968 he was an original member of the World’s Greatest Jazz Band(WGJB).

In 1975, Wilber formed Soprano Summit along with co-leader Kenny Davern.

After the Soprano Summit in 1979, Wilber formed the Bechet Legacy Band.

1949年4月28日Bob Wilber and His Jazz Bandの名義で Circle Recordsに6曲録音しました。

1948年から1951年までBob WilberはボストンのSavoy Cafeというジャズクラブで自己のバンドを率いて出演していました。

その後 ブログの第1回目に記述したGeorge Weinが開店した「Storyville」にDe Paris 兄弟(Sidney De ParisとWilbur de Paris)とドラマーSid Catlett 達と出演しました。

1951年クール派の代表で当時は前衛的なジャズを演じていたLennie Tristanoにも師事したこともありました。

1950年代後半から1960年代にはBobby Hackett, Benny Goodman, Sidney Bechet, Jack Teagarden, Eddie Condon達と共演しレコーディングも多く残しました。

1968年The World’s Greatest Jazz Bandの創立メンバーとして活躍しました。

1975年Kenny DavernとSoprano Summitという双頭バンドを結成しました。

1979年Soprano Summitを解散後、Bechet Legacy Bandを結成しました。

Photo by courtesy of Jazz Photo Gallery: The World’s Greatest Jazz Band 1974, Hamburg, G (L to R: D.Wellstood, B.Wilber, B.Freeman, Y.Lawson, B.Butterfield, S. Russo, B.Morton)

Here is The World’s Greatest Jazzband play “South Rampart Street Parade”.
Yank Lawson, Billy Butterfield (tp),Bob Wilber(cl),Bud Freeman (ts),Vic Dickenson ,Sonny Russo(tb),Dick Wellstood(p), Bob Haggart(b) Gus Johnson(ds) Rec 1975.

Here is  Bob Wilber and Kenny Davern Summit Reunion play “Limehouse Blues”.
Bob Wilber ss, cl),Kenny Davern(cl),Roberto Colombo(g),Aldo Zunino(b)Stefano Bagnoli(ds) live at Sori (Ge), 16 july 1996

Here is Bob Wilber plays “Rockin’ Chair”.
Bob Wilber(ss),David Ostwald(tuba),Jon-Erik Kellso(tp), Harvey Tibbs(tb) Ehud Asherie(p), Marion Felder(ds), September 1, 2010